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ISASコラム

第5回:しなやかで堅牢な電源システム

(ISASニュース 2010年8月 No.353掲載)

 金星で観測を行う「あかつき」も、当然ですが、地球から打ち上げられます。それは、地球近傍、地球から金星へ向かう軌道、そして金星を回る軌道という、まったく異なる3つの環境で動作しなければならないことを意味します。それを実現する電源システムについて、太陽電池パネル、電力安定化方式、電池の3つの面から説明します。

 金星軌道上の太陽光強度は地球近傍の約2倍に達します。太陽電池パネルが高温になると、構造部材の強度低下や太陽電池の変換効率低下を招くため、例えばESAのVenus Expressでは太陽電池セルとOSR(Optical Solar Reflector)という鏡のような材料とを一列おきに貼り、温度上昇を防いでいます。しかし「あかつき」は当初M-Xロケットによる打上げを予定していたため、表面にOSRを貼るだけの面積は確保できませんでした。そこで、表面は太陽電池セルで覆う代わりに、パネル基材であるアルミハニカムコアを通常より薄く高密度にすることで、排熱効率を高めました。裏面は全面をOSRで覆い、金星アルベドによる熱入力を抑制しました(図1)。その結果、太陽電池パネルの設計温度はプラス185℃に抑えられ、各種試験により性能が確認されました。


図1 太陽電池パネルの試験用モデル


 さて、通常の地球周回衛星はシャントレギュレータを用いて太陽電池パネルの発生電力を安定化します。これを図2(a)で説明します。まず、「高温・高照度時太陽電池特性」をご覧ください。太陽電池特性上の動作点はバス電圧で固定されますから、「負荷電力」+「高温・高照度時余剰電力」が取り出され、後者はシャントで熱として捨てられます。次に、負荷は一定のまま「低温・低照度時太陽電池特性」に変わると、余剰電力はなくなりますが、実は斜線で示した「低温・低照度時最大電力」を発生する能力を持っています。つまり、温度や日照条件が大きく変化する場合には、シャントレギュレータでは無駄が多くなるのです。そこで「あかつき」は、図2(b)に示すシリーズスイッチングレギュレータを用いて電力を安定化します。シリーズスイッチングレギュレータでは、太陽電池特性上の動作点をバス電圧にあまり縛られずに決定できます。そのため、図2(b)の負荷特性は図2(a)とまったく同じですが、太陽電池特性は原点寄りに小さくなっています。すなわち、同じ負荷に対して太陽電池パネルの面積を小さくすることができるのです。

図2 太陽電池パネルの発生電力の安定化


 最後に、電池のお話をしましょう。「あかつき」はリチウムイオン電池を搭載しています。リチウムイオン電池は充電状態が高いほど、そして温度が高いほど、容量劣化が進みます。そこで、運用フェーズを「バッテリーセル製造〜打上げ」「打上げ〜金星到着」「金星周回軌道」の3つに分けて充電状態を管理することで、劣化を最小限に抑えます。「バッテリーセル製造〜打上げ」の1.5年間は、基本的にバッテリーを使用しません。そこで充電状態を10%程度に低く設定し、開回路保管します。充電状態を0%まで下げないのは、過放電を避けるためです。「打上げ〜金星到着」のクルージング期間は、ノミナル軌道で0.5年、バックアップ軌道では2.5年にわたります。この間は日陰期間がありませんので、セーフホールド時の電力を賄える41%の充電状態に設定し、定電圧充電で保持します。「金星到着後」は、2地球年以上の充放電サイクル運用に移行します。この期間は日陰時間が変化しますので、それに応じて充電状態を41〜85%の間で変化させ、できるだけ充電状態を低く保ちます。こうした運用試験をあらかじめ実時間をかけて行い、容量劣化を見積もることで、必要な初期容量を決定しているのです。電源システムはどんな場合にも堅牢であることが欠かせませんが、「あかつき」では、しなやかさも求められています。

(とよた・ひろゆき)