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ISASコラム

第1回:「あかつき」立ち上げのころ

(ISASニュース 2010年4月 No.349掲載)

 20世紀の終わり、東京大学に勤めていた私のところに鶴田浩一郎先生から電話がありました。そのころ、私は極端紫外線の領域でプラズマの撮影を研究テーマにしておりましたが、鶴田先生から「中村君、そろそろ極端紫外は、けりがついたろう。後進に道を譲って、赤外の機器にシフトしないか?」と言われたのでした。「……つまり東大で赤外機器を開発してどこかの衛星に載せろ、ということですか?」。鶴田先生がおっしゃるには、「若手の研究者たちが金星に探査機を送りたがっている。しかし、日本には赤外機器の専門家がいない。君がやりたまえ」

 それでは、と東大の岩上直幹先生やNECの遠間孝之さんたちと、金星の雲を通ってくる赤外線を検出するにはどうしたらよいか検討を始めたのでした。今は京都大学にいる山川宏先生の計算で、金星に到達するのに必要なエネルギーが最小になるのは、2007年打上げ、2009年到着の軌道だということが分かる。間に合わせるためには急いでミッション提案をしなければいけない。まず宇宙理学委員会の戦略経費に応募する。当時の戦略経費小委員長は亡くなった小杉健郎先生で、これが手ごわい。現・京大総長の松本紘先生や大阪大学の芝井広先生にも鋭い質問を浴びせられ、しまいにはけんか腰に。ヒアリングであまりに悔しくてかみしめたものだから、私の奥歯はぼろぼろになり、結果はゼロ査定!

 あまりの惨状に向井利典先生が小杉先生に交渉して、何とか検討のための資金だけ復活していただけましたが、あの当時はつらかった。それでも第1回宇宙科学シンポジウムでのミッション提案に向けて、私は東大での講義をすべて肩代わりしてもらい、与えられた宇宙研の狭い一室にこもってミッション提案の準備に没頭しました。当時、中谷一郎先生も私を部屋にお呼びになり、「中村さん次第で、金星ミッションの可否が決まるのです」と引導を渡されましたので、もう後には引けない。今村剛君と2人で日本中の大学を回って金星探査の重要性を訴えるセミナーをさせてもらい、気象学などの研究者を一人ひとり説得していったのでした。

 宇宙科学シンポジウムは、すべてのミッションの登竜門にすると松本敏雄先生が宣言されて、2001年1月に第1回目が開かれました。そこを目標に2000年の年末は、明けても暮れても提案チーム全員がプレゼンテーションの準備と練習です。提案書は、サイエンス部分の原案を今村君や、はしもとじょーじ君、松田佳久先生が書いて、それに多くの研究者が手を入れたのですが、結局統一性と文章の勢いを考え、ほとんどすべて原案に戻しました。2010年の今でも、そのコンセプトはまったく変わっていません。


「あかつき」とプロジェクトメンバー


 第1回宇宙科学シンポジウムの初日の午前を、すべて金星探査の提案に割り当てていただきました。そして、そこで300名を超える参加者の皆さんの賛意を得て、宇宙理学委員会での審査が始まり……そしてすべてがスタートしたのです。

 松本敏雄先生に呼ばれて「これからはこのミッションをPLANET-Cと呼びましょう」と言われたときには、すべてが報われた気がしました。この厳しい時期を越えた後は、小杉先生からも松本先生からも、もちろん向井先生からも中谷先生からも、引退された西田篤弘先生からも鶴田先生からも小山孝一郎先生からも、PLANET-Cの実現に向けて最大の助言と助力を頂きました。そして、ミッション立ち上げ前から一緒に努力してきた阿部琢美先生、今村君、現・岡山大のはしもと君、東大の岩上先生、阿部豊君、現・京大の山川先生、東京学芸大の松田先生、北大の高橋君、渡部さん、その後にミッションに加わってくれた理学の佐藤さん、上野さん、山崎君、鈴木さん、田口君、福原君、大月さん、また工学の石井先生、戸田先生、竹前さん、餅原さん、林山さん、成田君、中塚君、鎌田さん、奥泉さん、市川さん、豊田君、品質保証の清水さん、大串さん、矢嶋さん、さらにはNECの大島さん、萩野さん、榎原さん、重本さん、篠崎さんをはじめとする皆さん、秘書の加藤さん、大石さん、千馬さん、石川さん、木下さん(ここに私が名前を挙げ損ねている方がおられても、感謝の気持ちは変わりません)に支えられてここまで来ました。

 宇宙研の執行部の方々の支援も忘れられません。小野田淳次郎所長のメッセージ「あかつきよ、何があってもくじけるな」を読んだときは、目頭が熱くなりました。すべての宇宙研の皆さん、JAXAの皆さん、広報の皆さん、メーカーの皆さん、学生の皆さん、これまでのご支援に感謝し、これからよりいっそうの応援を頂けますよう、心からお願い致します。「あかつき」は今年の5月、地球を離れ金星に向かいます。


(なかむら・まさと)