PLAINセンターニュース第152号
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科学衛星アーカイブスの開発と PLAIN センターの近況

海老沢 研、田村 隆幸、松崎 恵一
PLAIN センター


 宇宙科学研究本部が上げた衛星のデータアーカイブスを開発、運用することは、PLAIN センターの重要な業務のひとつである。昨年は X 線天文衛星「すざく」、今年は赤外線天文衛星「あかり」が打ち上げられ、着々と優れたデータが取得されつつある。また、今年の9月には太陽観測衛星 Solar-B が打ち上げられる。どれも、それぞれの分野で世界最高の観測性能を持つ衛星であり、過去の宇宙研の衛星に比べると大型で、取得データも大量である(一日あたり数ギガバイト)。また、どの衛星も観測時間を世界中の天文学者に広く公開し、いずれはすべてのデータが無償で公開される、という特徴がある。

 PLAIN センターは、各衛星プロジェクトと協力し、これら3つの衛星のデータアーカイブスを構築し、DARTS(http://darts.isas.jaxa.jp)を通じて世界中のユーザーに公開する、という大切な使命を担っている。せっかくすぐれた衛星ができても、広い範囲のユーザーに正しいデータ配布が行わなければ、多くの科学的成果は期待できない。「あすか」衛星の査読つき論文数は約 1500 本に上るが、それは「あすか」がすぐれた衛星であったからだけではなく、誰でも安心して使える解析システムとアーカイブスが存在したからであろう。「あすか」の場合はアーカイブスの作成はほとんど NASA/GSFC で行っていたが、「すざく」では日本側が主要部分を開発している。「あかり」、Solar-B においても、宇宙研が責任を持ってデータプロセスとアーカイブスの作成を行う。今後長期間にわたって、これらの衛星からどれだけすぐれた科学的成果が生み出されるか、DARTS に置かれるデータアーカイブスの品質が大きな鍵を握っていると言えよう。

 海老沢は2005年8月に PLAIN センターに赴任するまで、NASA と ESA で X 線天文衛星データアーカイブスの仕事をしてきた。それらの機関と比べると宇宙研ではデータプロセスやアーカイブスの開発体制が格段に弱い。伝統的に宇宙研では科学衛星は「実験」という位置づけであり、そのデータを高度に加工された「製品」として、世界中の「カスタマー」(研究者)に責任を持って提供する、という体制には至っていない。衛星の大型化、国際化にともない、宇宙研の「データセンター」の体制を充実させていく必要を常に感じている。いずれにしろ、賽は投げられた。「待った」は許されない。各衛星プロジェクトと緊密に協力、PLAIN センターの数少ないスタッフと資源を最大限活用し、「すざく」、「あかり」、Solar-B にとどまらず、いろいろな衛星のデータアーカイブスを開発していかなくてはならない。PLAIN センターでは JAXA 統合以来、徐々にそのための開発体制を整えつつあるので、この記事ではそれを紹介したい。

 衛星データ自体を十分理解し、実際のアーカイブスユーザーの立場に立つことによって、初めてアーカイブス開発の要求事項が理解できる。衛星データをテレメトリからアーカイブスまで加工する「プロセシング」は基本的に各衛星プロジェクトの仕事であるが、すぐれたアーカイブス開発のためには PLAIN センターも積極的にデータプロセシングに参加、協力することが大切と考えている。「すざく」に関しては海老沢、田村、「あかり」は田村、Solar-B は松崎が開発に参加している。実際、我々は開発者であるだけでなく、これらの衛星、アーカイブスを積極的に使って第一線の研究を行う、アクティブな研究者でありたい。

 しかし、我々 PLAIN スタッフがデータプロセシングやシステム開発に割ける時間は限られている。また、データプロセスやアーカイブスに関しては、複数プロジェクトにまたがる部分が多いので、同様の仕事に従事する技術者を複数ミッションでシェアすると効率がよい。各プロジェクトのデータ処理担当者を PLAIN に集結、知識と経験を集約し、プロジェクト間でデータ処理技法を共有したい。そういう体制を PLAIN で構築したい旨、各衛星プロジェクトに説明して御理解頂き、データプロセシング要員として、「すざく」、「あかり」、Solar-B で 0.5 人ずつ、PLAIN センターで 0.5 人、計二人の派遣技術職員を雇用することにした。また、それ以外に PLAIN 固有の仕事をやっていただくために、さらに二人の派遣職員を採用した。

 赴任した順に紹介すると、東谷公介さん(1970年!からコンピューターの仕事に従事)には主に PLAIN のシステム管理、ソフトウェアのインストール、メインテナンス等をお願いしている。成見英敏さん(C 言語とシェルのプロ)は、「あかり」のデータプロセシングから DARTS に登録してアーカイブスにするまで、主に「あかり」の一貫した開発を行っている。稲田久里子さん(PLAIN に来る前は学習塾の先生、バイク乗り)には、Java と Web 開発のプロとして、DARTS のミッション共通部分の開発をお願いしている。山岸泉さん(ハーピスト、ハープでは海老沢の先輩)は、「ぎんが」衛星以来、スーパー秘書として長年宇宙研の X 線天文衛星のデータプロセシングに携わってきたが、そのスキルを生かして正式な技術者として PLAIN に移動して頂き、「すざく」のデータプロセス、Solar-B の運用システム、プロセシングシステムの開発を行っている。また、上記の枠組みにとらわれず、必要に応じて各人の作業時間を柔軟に別のプロジェクトに割り振ることができるのが、PLAIN で複数の技術者を抱えている強みでもある。

 次に、ソフトウェア開発の契約を結んでいる会社のシステムエンジニア(SE)にも、できるだけ PLAIN に常駐して頂くようにした。DARTS の開発のために、JAXA の情報化推進等の予算を使っているが、ソフトウェア会社と契約を結ぶと、開発は社内の「見えにくい」ところで行われ、研究者と SE との間のコミュニケーションがうまくいかない例が多々あるように見える。そういうことにならないよう、できるだけ SE は PLAIN に常駐して頂きたい、と言う我々の要望を聞いてくださる会社が見つかり、最大 3人の SE が契約期間中 PLAIN に滞在して開発を行っている。私企業との契約はあくまでも割り切ったビジネス関係であり、適度な緊張関係を保ちたいと考えているが、開発に当たっては PLAIN スタッフ、インハウスの技術職員、SE が一丸となり、ひとつの PLAIN「チーム」として、文字通り机を並べて行っている。

 PLAIN の大部屋に机を並べて島を作り、最大 7人の技術者、SE が一心不乱に開発を行っているわけだが、意志の疎通を図るために、毎朝定時に我々3人の PLAIN スタッフと一緒にミーティングを行っている(写真参照;短時間で終わらせるために立ったまま行う)。また、効率よくプロジェクトを進めるため、サイボウズ、xoops、bugzilla と言った Web ベースの情報共有ツールを最大限活用している。サイボウズは各人の To Do List の管理、xoops は情報交換、bugzilla はバグトラックという使い分けである。これらのツールは PLAIN センター内だけでなく、たとえば xoops は国内外のすざくチームの情報交換に、Bugzilla は JAXA 内の衛星プロジェクト、ソフトウェア管理にも活用されている。PLAIN でこれらのツールを整備する体制も整ってきたので、こういう便利なツールを積極的に PLAIN で運用、JAXA 内のいろいろなプロジェクトに使ってもらうことも、我々ができる貢献だと考えている。

 PLAIN センターに人が増えて賑やかになり、楽しくなった反面、専門の技術者が入ることで雰囲気が引き締まった面もある。研究者は時間にルーズでだらだらと仕事をしてしまいがちだが(自戒をこめて)、SE のソフトウェア、システム開発に対するプロフェッショナリズム、派遣職員がスキルと時間を売って仕事をしている集中力には、我々 PLAIN スタッフも大いに影響を受ける。一方、我々研究者が宇宙科学に賭ける情熱と興奮が SE や技術職員の方々にも伝わり、仕事にやりがいと面白さを感じていただければ、と思う。いずれにしろ、PLAIN チームと各衛星プロジェクトが一丸となり、全力を尽くして行った開発が、数年後、DARTS を通じて、「すざく」、「あかり」、Solar-B によるたくさんの優れた科学的成果として必ずや現れることを信じている。


毎朝9時半からミーティング。今日の開発のゴールは?

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