PLAINセンターニュース第142号
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小笠原滞在記 〜情報社会の谷間で〜

長木 明成
PLAINセンター

 小笠原村父島、と聞いて何が思い浮かぶでしょうか。地理的な情報だけが浮かんでくる方もいれば、中には実際に訪れた記憶がよみがえってくる方もいらっしゃるかも知れません。実はこの島にはJAXAのロケットを追跡する「小笠原追跡所」があり、打ち上げの時には重要な役割を担っています。先日行われたM-Vロケット6号機の打ち上げでは、担当となった私がここを追跡拠点として稼働させるべく一路小笠原へと向かうことになりました。南洋に浮かぶ美しい島、しかしそこでは私がいかに情報社会に頭の先までどっぷりつかって暮らしているか、その現実を突きつけられることになります。


小笠原局

 まず、少なくともこの島には「ブロードバンド」という概念が存在しません。島の中で許されている最速の回線はISDNの64kbpsですが、一般的な家庭で使われているのはやはりアナログ電話回線で、しかも通信品質はとても良いとは言えず頑張ってつないでも24kbps程度が限界という感覚です。小笠原までの公衆回線は海底ケーブルではなく通信衛星経由であるが故の制約でしょうか。(そのため音声通話ではまさに衛星生中継のようなやりとりが実感できます。)久しぶりに街の電話ボックスにこもって汗だくでダイアルアップ接続を試みましたが、メールを送信するたびに回線が切断してしまい、とても「モバイル」などと気取ってはいられない状況でした。

 では「追跡所ではどうか」といいますと、それほど使用感は変わらないというのが実感です。実際に追跡所まで引かれているのはやはりISDN64kbps回線で、打ち上げ時期はそれなりに滞在人数が膨らみますので、ざっと見て15人程度で分け合うことになるでしょうか。メールの取得にいたっても何度も失敗する始末。そのため、長時間にわたって帯域を抱え込んで皆さんに迷惑をかける「Windows update」などは気が引けてとても実行する気にはなれません。

 豊富な自然が残されている父島には生態系調査や気象観測等を目的とした研究施設がいくつもあり、毎年多くの研究者の方が訪れていますが、この島における研究環境についてどのように考え対策しているのかとても興味があります。例えば離島医療や島でなければできない研究のためにこそブロードバンド環境は必要だと肌で感じるのですが、そこには大きな壁が何枚も立ちふさがっています。ナローバンドでもよりよく利用できた頃と比べて、私たちは今幸せなのでしょうか。海に沈む夕日に朱に染まる空を見上げながら、島に似合わないことを考えてしまった今回の滞在でした。




X線天文衛星「すざく」


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