No.241
2001.4


ISASニュース 2001.4 No.241 

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金星大気探査計画(Venus Climate Orbiter)


 ご存知のように金星は,太陽からの距離が地球に最も近く,また大きさや重さも地球に近い惑星です。このことから地球と金星は,誕生当時には似通った状態から出発した双子のような惑星であると考えられています。しかし現在の金星は,大気の成分は二酸化炭素で,硫酸の雲に覆われ,気温は470℃,気圧は90気圧という,地球とは全く違う世界です。このつの惑星でどのような歴史の違いがあったのでしょうか また現在,これらの惑星で起こっている現象にはどのような違いがあるのでしょうか 地球の成り立ちや気候変動のしくみを明らかにするためには,これらの問いに答えることが重要な手がかりとなります。金星は地球の鏡である,とも言えるでしょう。このことから多くの研究者が金星に興味を持ち,金星には米国や旧ソ連によって幾つも探査機が送られてきました。しかし金星は,過酷な環境であるために詳しい調査が難しく,その成り立ちは謎に包まれています。


米国のガリレオ探査機が撮影した地球と金星。
金星は惑星全体が厚い硫酸の雲に覆い隠されています。

 このミッションでは,惑星スケールの気象現象(風)による大気の循環,すなわち「大気大循環」を明らかにすることを目指しています。大気大循環は,エネルギーや化学物質を血液のように惑星全体に送り届けて,惑星の気候をコントロールしています。地球では,雨をもたらす低気圧のような巨大な渦や波が大気を循環させていて,これらの振舞いは1日1回転する地球の自転に強く影響されています。たとえば,低気圧や台風の周りの風が反時計回りなのは地球の自転のせいです。金星の自転は243日1回転と非常に遅く,また大気の状態が地球と大きく違っているため,地球とは異なる気象現象が起こると予想されます。


旧ソ連のベネラ探査機が着陸して撮影した金星の地表面。
高温・高圧の地獄のような世界です。

 金星にはどのような渦や波が存在するのでしょうか
 大気はどのような模様を描いて流れているのでしょうか
 雲はどこでどのように作られているのでしょうか
 雷はどのように発生するのでしょうか
金星で見つかっている不思議な風の謎も解明したいところです。というのは,金星では毎秒100メートルもの強い西向きの風が4日で金星を1周することが知られていますが,このような風がどうして地面との摩擦で止まってしまわないのかが大変不思議なのです。この問題には気象学者が何10年も取り組んでいますが,未だに解決していません。このような金星の気象の謎を解明できると,金星の気候変動について研究が進むだけでなく,地球と比べることによって地球の気象の理解も深まります。このことから多くの研究者が金星気象の調査を望んできました。

 これまで着陸機で金星の気象を調べようとしたことはありますが,一箇所に降下しながら一瞬観測するだけだったので,大気中に大きく広がった渦や波の姿を捉えることはできませんでした。気象衛星「ひまわり」のように宇宙から眺める方法もありますが,これは金星の上層の雲と分厚い大気に遮られて実行できませんでした。ところが1990年頃,可視光よりも波長が長い光(赤外線)で金星の下層大気や地表面まで大気圏の外から透視できることが発見されて,新たな可能性が開かれました。

 今回のミッションでは,この「大気を透視できる」波長で写せる特殊なカメラを探査機に搭載します。そして金星周回軌道上から惑星全体を見渡して,下層の雲や大気の微量成分の分布を連続撮影し,気象を詳しく観察します。さらに別の波長の光(異なる高度領域の現象が見えます)でも同時に観察することによって,渦や波の立体的な広がりを可視化します。これらの連続的な画像を繋ぎ合わせれば,時間的に変動する大気大循環を(動画として!)手にとるように眺めることができます。このように惑星の気象に真正面から取り組む気象衛星計画は,金星はもちろん,地球以外の如何なる惑星においても前例がありません。その意味でこのミッションは,金星の科学のブレイクスルーにとどまらず,「惑星気象学」という新しい学問分野の創出をも目指すものです。欧米の行なってきた探査とは異なるアプローチで,一躍惑星探査のトップレベルに踊り出ようとしているのです。


いくつかの異なる波長(色)の光を使って異なる高度領域を同時に撮影して,金星大気中の渦や波の立体的な広がりをとらえ,また火山活動も観察します。

 金星大気を透視できる光を使って,活火山を検出することも試みます。活火山から噴出したばかりの熱い熔岩が放射する赤外線が大気圏外に漏れ出てくるのを捉えるのです。金星内部はまだ活動的と予想されていますが,活火山は発見されていません。火山噴火の様子が明らかになれば,固体部分の進化や,火山ガスが気候に与える影響について,大きく理解が進みます。

 大気を構成する分子や原子が宇宙空間へ逃げ出していく過程(散逸,と呼びます)を調べることも検討しています。金星は地球のように磁気圏で守られていないため,太陽から吹きつける高エネルギー粒子流(太陽風)が大気圏にまで侵入して,長い時間をかけて大気や水を宇宙空間に剥ぎ取っていくと予想されています。このミッションでは,かつて金星にも沢山あったと考えられている水が失われてしまった理由が分かるかもしれません。金星同様に磁気圏を持たない火星についても,探査機「のぞみ」が大気の散逸を調査する予定です。金星と火星を比較することで,惑星ごとの条件の違いが散逸にどのように影響するのかが明らかになります。


金星から散逸する大気。惑星からは中性ガスや電荷を帯びたガス(プラズマ)が様々な過程によって宇宙空間へ逃げ出していきます。

 搭載する測定器は,近赤外カメラ(下層大気や地表面を撮影),中間赤外カメラ(雲頂の温度分布を撮影),紫外カメラ(二酸化硫黄の分布を撮影),雷&大気光カメラ(雷発光,大気光と呼ばれる化学的大気発光現象,オーロラを撮影),高安定発振器(電波を使って大気構造を調べる観測のために使用),それに幾つかの荷電粒子測定器と電磁波測定器と磁力計が加わる予定です。カメラは全て,近年発達の著しい2次元の検出器を用いて短時間で撮影できるようになっており,変化の速い現象も見逃しません。惑星探査において赤外域でこのような方式は前例がなく,多くの新現象の発見が期待されます。

 現在提案している計画では2009年9月に金星周回軌道に入ります。金星周回軌道は周期約21時間の長楕円軌道で,金星までの距離は近いところで300km,遠いところで10金星半径です。この周回軌道上で,数分〜数時間おきに金星の大気や地表面を多くの波長域で撮影します。観測は2年以上継続して行い,様々な時間スケールの変動を捉えることを目指しています。

 金星探査は10年以上ストップしていますが,最近になって新たな金星探査の機運が国際的に高まっています。これは,探査が途絶えていた10年のうちに,理論研究の進展や新しい観測手法の開発によって,新たにどのような観測をすれば金星の科学に突破口を開けるのか判ってきたためです。2010年前後は本格的な金星探査の時代となるでしょう。各国で検討されているミッションではそれぞれ,地面組成,同位体比,大気化学,大気大循環,大気散逸といった別々の研究課題が掲げられています。これらはいずれも金星という惑星を理解するために必要なものです。これらのミッションで得られた知識を統合して,最終的には金星の気候変動や惑星の進化といった謎に迫ることになります。私達のミッションは,この国際的な役割分担の中で,とくに大気大循環の解明という一翼を担います。

(金星大気探査計画ワーキンググループ) 


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BepiColombo 水星探査計画
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