No.189
1996.12

ISASニュース 1996.12 No.189

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第3回 銀河系の年齢と放射性同位元素

宇宙科学研究所 市村淳


 今の太陽系には約三百種類の同位元素があることが確認されている。同位元素には,アルファ粒子やベータ線(電子)などの放射能を出しつつ原子核崩壊を起こして別の元素に変換してしまう放射性のものと,このような崩壊を全く起こさない安定なものとがある。放射性同位元素の崩壊は規則的に起こり,砂時計のように一定の寿命で量が減少していく。同位元素の種類は,理論的には,全部で約六千あると予想されている。そのうちの約三百種だけが,安定であるか,放射性であっても寿命が極めて長いために,消滅をまぬがれて太陽系の年齢を生き延びてきたのである。

 太陽系全体としての各同位元素の存在量は,隕石や月の試料などの分析を通じて調べられている。それらの存在比は,46億年前に太陽系が形成されて以来,その元になった材料物質とほとんど同じまま「凍結」されている。それでは,これらの元素,特に重い元素は,太陽系が誕生する以前の宇宙の歴史のなかで,いつ,どのように合成された結果,今の存在比を持つようになったのであろうか?

 銀河系のなかでは,星々が次々と生まれ進化し,重い星はその最後に超新星爆発を起こす。元素は,核融合反応を通じて,恒星のなかでジワジワと,あるいは超新星爆発のときに一気に作られ,それらが周囲の空間にまき散らされる。まき散らされた物質もリサイクルで使われて,この過程が繰り返されていく。つまり,銀河系は全体として,水素を原料として重い元素を合成する工場と見なすことができる。だから,重い元素がいつ作られたのかという問題は,この工場が太陽系形成の時点までにどれぐらいの時間運転されてきたのか,つまり銀河系は何歳なのかという問題に帰着する。

 このような研究は宇宙年代学と呼ばれる。その基本的なアイディアは,放射性元素が時計として使えるということである。各元素は,ある合成率にしたがって一斉に生産される。だから,安定元素の現在の存在比から,元素合成工場の運転モード───元素ごとの合成比がわかる。しかし,これだけでは,運転時間はわからない。一方,放射性元素は,工場で合成された直後から崩壊が始まる。だから,各元素の工場での合成比と太陽系形成時の存在比とを比較することにより,太陽系形成時までの運転時間を推定することができる。

 砂時計に3分計と10分計があって測りたい時間に応じてそれらを使い分けるように,銀河系の年齢を測るときも,それと同じぐらいの寿命を持つ放射性元素があれば便利である。例えば,ウラン235とウラン238はどちらもアルファ崩壊をする放射性同位元素であり,半減期(量が半分に減少する時間)は,それぞれ,7億年と45億年である。現在の太陽系における存在量は,前者が後者の0.7%である。半減期を考慮すると,太陽系形成時にその比は31%だったことがわかる。一方,銀河系における合成率は前者が後者の1.4倍だったと見積もられている。これらを比較し,原子核物理と天体物理に関する様々なデータを組み合わせた計算をすることにより,銀河系の年齢が導かれる。何通りかの時計を用いた研究の結果,銀河系の年齢は,太陽系形成の前と後を加えて120〜150億年と評価されている。この値は,他の方法で求められる宇宙の年齢と矛盾していない。年齢測定の精度は今後さらに向上していくと期待されている。

 宇宙年代学は,放射性元素が宇宙の歴史のなかで常に正確に時を刻んできたという認識を基礎としている。ところが,ベータ崩壊の寿命は,原子核が置かれている環境,つまり原子内電子の存在に強く依存する場合があるということわかってきた。これは,原子物理学としても興味深い問題である。

 ベータ崩壊では,原子核から電子が飛び出て来る。この電子は,原子の外に出て行ってもよいのだが,原子の内に留まることもある。原子内の「軌道」には定員があって(排他原理),通常,電子は核に近い所から順に詰め合って席を占めている。この状態では,核から新たに電子が飛び出ようとしても,既に満席になっている軌道には入れない。ところが,原子から電子を全部はぎ取って裸の核にすると,飛び出てきた電子はどこの席にも入ることができる。だから,原子から電子をはぎ取ったイオンにすると,中性原子のときに比べてベータ崩壊が起こりやすくなると予想される。

 地上では,中性原子の状態でベータ崩壊が測定される。ところが,星の内部では温度が高いので,原子はイオンになっている。したがってそこでは,時計の進み方が速くなっているはずである。銀河系の年齢測定に用いられる時計の一つとしてレニウム187という放射性元素がある。この元素の半減期は430億年である。ところが,原子構造の理論計算によれば,裸の原子核にすると何と半減期が14年に短縮する。以前,この時計を使うと銀河系の年齢が長くなり過ぎていたのだが,この効果を考慮することで,他の時計を用いた評価とよく一致する結果が得られている。

 イオンにするとベータ崩壊が促進されるという効果は,最近,実験的にも確かめられるようになった。

(いちむら・あつし)


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