No.304
2006.7

ISASニュース 2006.7 No.304 


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月や惑星の中身が知りたい

固体惑星科学研究系 田 中 智  

たなか・さとし。
1964年,京都府生まれ。
名古屋大学理学研究系修士課程,東京大学理学研究系博士課程(中退)を経て,
1993年,宇宙科学研究所惑星研究系助手。
2001年,固体惑星科学研究系助教授。
専門は高圧力物性,地球・惑星内部構造。


 dash   LUNAR−A計画にずっと携わってきたそうですね。
田中: 1989年の能代での第4回試験から参加しています。以来十数年間,LUNAR−A計画の遂行に全力投球してきました。LUNAR−A計画は,衛星からペネトレータという槍型の装置を月の表側と裏側にそれぞれ1機ずつ打ち込み,地震波や熱流量を観測して月の内部構造を探る計画です。
  
 dash   月の内部構造を調べることの意義は?
田中: アポロ計画などによる月探査で,「ジャイアントインパクト説」と「マグマオーシャン説」という月や惑星の起源と進化に関する重要なコンセプトが生まれました。原始地球に火星サイズの天体がぶつかって,その破片が集まって月ができたというジャイアントインパクト説の登場により,例えば,天王星の自転軸が大きく傾いているのもジャイアントインパクトがあったからだという説が生まれました。また,かつて月にマグマの海があったというマグマオーシャン説が出てきたことで,原始の地球や金星にもマグマオーシャンができたはずだと考えられるようになりました。このように新しいコンセプトが生まれることで,科学は一気にステップアップします。ただし,いずれの説もまだ証拠が少な過ぎて“お話”に毛の生えた程度といってよいでしょう。これらの仮説を検証するための突破口の一つとなるのが,ペネトレータによる月の内部構造探査だと考えています。
  
 dash   LUNAR−A開発でのご苦労は?
田中: たくさんあり過ぎますね(苦笑)。ペネトレータは時速1000km,ジェット機並みのスピードで月面の砂の中に潜り込みます。その衝撃に耐えて装置がきちんと動くかどうかを確かめるために,ここ5〜6年間はペネトレータを砂に打ち込む試験をアメリカで行ってきました。1回の試験で何機も実験することはできませんから,一発勝負です。1999年にはこれが成功したらLUNAR−Aを打ち上げることにしましょうという試験に挑んだのですが,一部の装置が衝撃に耐えられずに動作しませんでした。その原因を突き止めて改良を行い,2003年に再度試験を行いました。装置はすべて衝撃には耐えたのですが,一部動作に不良個所があったことと別の理由もあって,打上げが見送られることになりました。私は2回とも試験に立ち会いましたから,現場を目にして非常に悔しい思いをしました。

 今年6月1日,三度目の正直で,ようやく良い結果が得られました。一生忘れないでしょうね。もちろん,うれしかったのですが,同時に今までの悔しい思いが一気によみがえってきました。本当にたくさんの方々に,長年にわたりお世話になってきました。

  
 dash   なぜ,あきらめずにやり続けてこられたのですか。
田中: 信念があったからです。このペネトレータという手法が,これからの月・惑星探査において重要な柱の一つになるはずだという。月や惑星の中身はほとんど分かっていません。ペネトレータにより内部構造を探ることで,月・惑星科学にブレークスルーをもたらす新たなコンセプトがきっと生まれるはずです。
  
 dash   科学に興味を持ったきっかけは?
田中: 実家が薬局をやっている影響が大きいと思います。ですから最初は化学に興味を持ち,小学校の科学部にも入りました。塩酸と水酸化ナトリウムという劇薬を混ぜると,塩という食べられるものができる実験が,すごい驚きでした。学校にあった薬品をとにかく混ぜて何ができるか調べる実験に熱中したものです。実は,爆発事故をやらかしたこともあって,今なら危なっかしくてとても許してくれないでしょうけど,そのスリリングな緊張感もたまらなくて,楽しくてしょうがなかったのです。
  
 dash   趣味はピアノ演奏だそうですね。
田中: 幼稚園のころから続けていて,今は子供たちと一緒に演奏を楽しんだりしています。芸術と科学は共通点が多いですね。どちらも日々の地道な努力が必要で,曲を練習し続けていると突然うまく弾けるようになるのと同じように,自分の仕事の面でも,なぜだか分からないことを考え続けていると急に謎が解けるときがある。それは至福の瞬間です。日本は平和でとても幸せな国ですから,そういう至福の瞬間を味わおうと思えば,チャンスはたくさんあると思います。教育者としては,学生たちにそういう瞬間を少しでも多く味わってもらえるようにしたいですね。一度それを味わうと,いくら苦労してでもやめられなくなる。科学者としては,私にはまだ貢献したといえるミッションがないことがとても残念です。このままでは納得できない。サイエンスに自分なりに納得できる貢献がしたいんです。


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