No.304
2006.7

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2006.7 No.304 


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ディープインパクト探査が明らかにする彗星と太陽系の謎 

東京大学大学院新領域創成科学研究科 杉 田 精 司 

 2005年7月4日に,アメリカ航空宇宙局(NASA)のディープインパクト探査機の子機はテンペル第1彗星に命中し,これまでまったくの謎だった彗星内部物質の人工掘削に成功しました。掘削された内部物質は,探査機本体の測器および地上の多数の望遠鏡によって詳細な観測がなされ,さまざまなデータが取得されました。この地上観測キャンペーンには,我々も国立天文台のすばる望遠鏡を使って参加しました。取得データの解析はまだ続いており,学会のたびに新事実や新解釈が提出されつつあります。

 ここでは,現在までに得られたディープインパクト探査機の科学的成果について,我々自身の観測結果を含めて簡単にまとめてみることにします。


彗星の謎

 探査結果の説明をする前に,簡単に彗星研究の重要性についてご説明します。彗星はよく知られているとおり,太陽に近づくとその輻射熱で激しい蒸発を起こし,巨大なコマと尾を形成します。その尾の分光分析から,彗星には大量の有機物や水分,二酸化炭素などさまざまな揮発性成分が含まれていることが分かっています。これらの物質は,地球型惑星の固体部分には大量には含まれていませんが,大気や海洋の主成分であり,我々生物を構成する材料物質でもあります。また,地球型惑星にはその進化の歴史を通じて多数の彗星衝突があったことが分かっていて,大気・海洋・生命の起源と進化に大きな影響を与えたと考えられています。

 その一方で,彗星の内部は形成直後から現在に至るまで極低温環境におかれているため,構成物質の熱変成度も非常に低く,45億年前の形成直後の太陽系の記録をそのまま現在まで冷凍保存していると考えられています。ですから,彗星内部を調べることは,太陽系の形成プロセスを理解することにもつながります。こうした重要性から,探査機母船の測器群はもちろん,地球周回の宇宙望遠鏡および地上の多くの大望遠鏡がテンペル第1彗星に向けられ,詳細な観測が行われたのです。


地上望遠鏡による観測と結果

図1 衝突直前のテンペル第1彗星の姿。
図中の×印は,探査機の衝突地点を表す。(写真提供:NASA)

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 探査対象の彗星を最も高い空間分解能で観測できるのは,もちろん探査機の母船です。実際に,探査機のカメラは,テンペル第1彗星がこれまで観測された彗星核とまったく異なる表情を持っていることを明らかにしてくれました(図1)。しかし,探査機は彗星との相対速度およそ10km/sで離れていきますから,1時間もたつと探査機から見た彗星の視直径は1/100度以下と急速に小さくなり,探査機カメラには近接撮影の利点がなくなってしまいます。そうなると,さまざまな測光装置を使って長時間にわたる広波長域観測ができる分だけ,地上望遠鏡や地球周回軌道上の宇宙望遠鏡が有利になってきます。ですから,地上望遠鏡では,探査機が観測していない波長帯を数時間から数週間の長い時間スケールで観測することに大きな意味がありました。

 地上観測には大小さまざま73台もの望遠鏡が参加しているので,それらの結果を網羅的に紹介することはできません。ここでは,大口径の望遠鏡が衝突直後の最良のタイミングで観測できた,ハワイ島マウナケア山頂の三大望遠鏡の結果を中心に解説します。まず,36枚の分割鏡を使った有効径10mのケック望遠鏡は,近赤外におけるガス分子の蛍光線観測を行い,衝突によって気化する氷成分の組成および温度計測を狙いました。一方,有効径8mの1枚鏡を持つすばる望遠鏡とジェミニ望遠鏡は,探査機の測器が観測できない中間赤外光の観測を行い,衝突に際して気化しない岩石成分および不揮発性炭素成分(以下では,両者を総称してダストと呼ぶ)の組成,結晶化率,粒子径分布を求めること,またダストの総量や空間分布からクレーター形成機構を理解することを狙うことにしました。ジェミニ望遠鏡のグループと我々すばる望遠鏡のグループは,独立にほぼ同じテーマを狙った観測計画を立てたため,調整を行って分担観測をすることにしました。同じ口径でも空間分解能により優れるすばる望遠鏡が主に撮像観測を担当し,ジェミニ望遠鏡は主に分光観測を担当することとしました。

図2 すばる望遠鏡がとらえた探査機衝突およそ3時間後の
テンペル第1彗星のまわりに形成した放出物のプリュームの姿。
緑色成分はシリケイト粒子を,赤色成分は炭素粒子を表している。
プリュームの外側ほど緑色で内側ほど黄色味がかっているのは,
プリュームの外側ほどシリケイト粒子に富み,内側には炭素粒子
もかなり含まれていることの現れである。

 衝突現象の観測は,いくつかの重要な発見をもたらしてくれました。まず,衝突直前までまったく見えていなかった10μm付近のシリケイト発光体が,衝突が起こるやいなや強く光りだしました(図2)。これは,彗星の内部から微細な(直径1μmからサブミクロン)シリケイト粒子が大量に掘削されたことを示しています。この10μm帯の発光量の絶対値観測および時間変化観測から,およそ106kgのダスト成分が宇宙空間に放出されたこと,ダストの放出は基本的に衝突の瞬間だけであって,長時間にわたる継続的なダスト放出が衝突によって誘起されることはなかったことなどが分かりました。ここで求まったダストの総放出量は,事前の検討値の中ではかなり大きい値に対応していて,彗星の表面物質の強度は非常に小さいことを示していました。また,106kgという数値から,クレーターの直径が約100m程度であろうと推定されました。従って,今回の衝突で放出された種々の放出物は,彗星の表面下の数m〜10m程度の深さから掘削されたことになります。

 一方,10μm帯の分光分析からは,彗星内部のシリケイト粒子が非常に高い結晶化率を持っていること,粒子数が直径の約-3.5乗に比例して減る,べき乗分布を持っていることなどが分かりました。いずれもテンペル第1彗星が属する短周期彗星の従来の観測結果とは大きく異なっており,逆に長周期彗星の観測結果と酷似していました。論文発表の段階になってみると,ジェミニ望遠鏡のグループも独立に同じ結論に達していました。この結果は,すばる望遠鏡とジェミニ望遠鏡で同時に独立に得られたわけですから,非常に確度の高い結果だといえます。一方のケック望遠鏡からも,これまで長周期彗星でしか見つからなかった有機分子種が,衝突直後に観測されるという報告がもたらされました。これも,短周期彗星であるテンペル第1彗星の内部物質と一般的な長周期彗星の構成物質が非常に似通っているという我々の観測結果を支持しています。

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観測結果の意義

 短周期彗星であるテンペル第1彗星の内部物質と長周期彗星の構成物質が酷似しているという新事実は,彗星起源の研究に非常に大きな手掛かりを与えてくれます。つまり,オールト雲天体とカイパーベルト天体が基本的には同じ物質でできている可能性が示されたのです。この可能性は,最近の太陽系形成理論の発展に照らし合わせてみると,非常に重要な意味を持っていることが分かります。

図3 長周期彗星と短周期彗星の起源・進化の概念図の歴史的変遷。
(A)従来の説では,短周期彗星は太陽系の外縁部で形成したと考えられていたが,
(B)最近の理論研究とディープインパクト探査により,短周期彗星は太陽系のもっと内側で形成したらしいことが分かってきた。

 1990年代までは,オールトの雲は現在の居場所よりずっと太陽に近い天王星から海王星の付近で形成して,天王星や海王星の重力散乱の影響で現在の数千〜数万天文単位の距離まで放り出された結果できたものであり,もう一方のカイパーベルト天体は天王星・海王星の軌道よりずっと外側で形成し,これら巨大惑星の形成と関係なく45億年前から現在までほとんど軌道を変えずに静かに暮らしてきた小天体であると考えられてきました(図3A)。

 しかし,最近数年の間に,外側太陽系の惑星形成に関する理論計算が大きく進展し,新しいモデルが提唱されてきました。その説では,カイパーベルト天体には,従来考えられてきたような太陽系の辺境で形成して以来現在までほとんど何の軌道変化も経ずに安定な円軌道を回っているもの(メインベルト天体)だけではなく,オールト雲天体と同じように太陽系のもっと内側で形成したものの,天王星・海王星など巨大惑星の重力散乱の影響でカイパーベルト領域に放り込まれたもの(散乱ディスク天体)が多数存在することを予言しています。そして,短周期彗星として地球付近までやってくる天体のほとんどはこの散乱ディスク天体であり,物質的にはオールト雲天体と同一のものが短周期彗星の正体であると予想しています(図3B)。

 紙面の関係でここでは詳細に書けませんが,この新理論が正しいとすると,土星,天王星,海王星は,45億年の歴史の中で一度だけ急激に軌道位置を大幅に変えて,形成した場所よりずっと太陽系の外側に移動したことになります。また,その巨大惑星の急激な位置変化は,小惑星の軌道も大きく不安定化させ,地球など内側太陽系の惑星に大規模な隕石シャワーを浴びせかけることになります。これは,従来の惑星系形成の理論が示すような静的な太陽系の描像を覆し,非常に動的な描像を提示しています。

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 ですが,この新しい惑星系形成理論を強く支持するような物的証拠は見つかっていませんでした。その点,今回のディープインパクト探査の地上観測によって得られた新事実は,旧理論では説明ができない一方,新理論の予想と非常によく合致しています。つまり,今回の観測結果は,惑星形成の新理論を強く支持しているのです。

 ただし,今回の観測は,一つの彗星についてのものでしかありません。惑星系全体の描像に結論を下すためには,まだほかの短周期彗星についての観測が必要です。また,内側太陽系に落ちてくることのないとされる,カイパーベルトのメインベルト天体についての観測も必要です。幸い,前者についてはESAのロゼッタ探査機が,後者についてはNASAのニューホライゾン探査機がすでに打ち上げられています。これらの探査機が観測データを送ってくる数年後には,我々の住む太陽系の起源についての私たちの理解は大きく進むことになると期待されます。

 なお,今回の結果の詳しい報告は,2005年10月14日発行の『Science』誌に掲載されています。

(すぎた・せいじ) 


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