No.287
2005.2

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2005.2 No.287 


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夜空は明るい!? ― 宇宙最初の星の光を探る ― 

赤外・サブミリ波天文学研究系 松 本 敏 雄  

夜空はなぜ暗い?

 都会ではもう経験できないが,月のない晴れた夜,星の明かりを頼りに歩いた経験を皆さんお持ちだろうと思う。しかし,なぜ夜空は暗いのかと,まじめに考えた人がかつていた。宇宙が無限に広がっているなら視線方向のどこにも星の表面が見え,夜空は太陽の表面のように明るいはずではないか,と考えたのである。これは,その人の名前をとって「オルバースの背理」と呼ばれている。もちろん,今では宇宙は無限ではないことが知られているのでこの背理は解決しているが,宇宙論の歴史には忘れられない背理ではある。

 夜空は確かに暗いが,本当に真っ暗ではない。天文学では,空一面に光っている放射は「背景放射」と呼ばれ,観測の一分野となっている。背景放射はいろいろな波長帯に各種存在し,個々の天体に分解できないために背景放射として観測される場合もある。背景放射の最も有名なものはマイクロ波宇宙背景放射(Cosmic Microwave Background:CMBと略される)である。CMBは,高温のプラズマが宇宙膨張に伴って冷えて中性化した時代,宇宙が始まって約40万年後の世界を直接見ているとされ,ビッグバンの直接的な証拠となっている。

宇宙史はどこまで解明されたか

図1 宇宙進化の様子
遠方ほど昔が観測できること,マイクロ波背景放射(CMB)と観測されている遠方の銀河との間に未知の領域があることを示している。

 ビッグバン以後宇宙がどのように進化し,銀河・星・惑星が形成されたか。いってみれば,「宇宙史」は人類の知的好奇心をかき立てるものであり,天文学の最も大きな課題である。天文観測の面白い点の一つとして,遠方を観測することによって昔の宇宙を知ることができることが挙げられる。光の速さが有限なため,遠方の天体の光はずっと昔に発しているためである。また,周知のように宇宙は現在も膨張し続けている。遠方の天体ほど高速で後退しているため,ドップラー効果で光の波長が延びる(赤方偏移:z=波長の延びた割合)。CMBの光は百数十億年宇宙を旅し,波長が1000倍延びて(1000)我々に観測されていることになる。CMBの観測は発見以来精力的に行われているが,そのスペクトルは絶対温度2.7度の黒体放射に限りなく近く,極めて一様である。とはいえ,10万分の1程度の揺らぎが存在し,その解析から宇宙が平坦でこれからも膨張し続けること,宇宙の物質のほとんどは未知の暗黒物質であること,などがいわれている。

 宇宙史の解明には,遠方の銀河の観測が不可欠である。「すばる」などの大望遠鏡の活躍によりこれまでになく遠方の銀河が観測されるようになったが,宇宙が始まって10億年後(6に対応)に銀河がすでに存在していることが分かってきた。図1に宇宙の進化の様子を示したが,CMBの時代から最も遠い銀河が観測されている時代まで,観測事実がまだないことが分かる。この時代は「宇宙史の暗黒時代」とも呼ばれるが,この間に最初の星・銀河が作られたはずであり,天文学的には極めて重要な時期である。

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赤外線背景放射で探る宇宙史の暗黒時代

 宇宙の暗黒時代を解明するためにさまざまな観測が試みられているが,我々は近赤外線領域(波長1〜5ミクロン)の背景放射を観測することによって暗黒時代に迫ろうと考えた。遠方の銀河や宇宙最初の星は暗くて個々の天体としての観測は難しい。しかし,それらが発する紫外線や可視光は,赤方偏移のため近赤外線領域で背景放射として観測されるのではないかと考えたのである。

 とはいえ,観測は簡単ではない。宇宙の彼方から来る光を求めるためには,手前にある光をしっかり除かなければならないからである。地球大気は高度100kmに強い夜光層があるため,地上からの背景放射光の観測はまず不可能である。また,太陽系内には小さな塵がたくさんあり,これらが太陽光を散乱する黄道光がある。大気圏外に出ても空はかなり明るい。さらに,銀河系の中の暗い星の寄与も無視できない。

 ともあれ,近赤外線領域で空がどんな明るさであるか,どのような成分から成るかを調べるため,我々は1980年代半ばからロケット観測を始めた。K-9M-77号機(1984年)やS-520-11号機(1990年)などで空の明るさの絶対測光とそのスペクトルの測定に成功したが,宇宙の彼方からの光を確定するには至らなかった。幸いその後「宇宙実験・観測フリーフライヤー(SFU)」(表紙写真)に搭載された我が国初の宇宙赤外線望遠鏡IRTSにロケット実験で開発した近赤外線分光器を搭載し,背景放射の本格的観測を実現することができた。SFUは1995年3月に打ち上げられ,その結果を用いて銀河系外からやって来ると思われる背景放射を初めて検出した。

 一方,NASAでも同様な観測が計画され,宇宙背景放射観測衛星COBEに,赤外線領域での背景放射の観測を目的とする測光器DIRBEが搭載された。COBEは1989年に打ち上げられ,公開されたデータによって多くの人が宇宙背景放射光の解析を試み,有意な結果を導いた。COBEは全天を観測した点で極めて有用であったが,測光データしかなく,また角分解能が悪いため暗い星を取り除くのが難しかった。一方,IRTSは角分解能が比較的高く,分光ができる点に特徴があったが,観測領域が狭いのが弱点であった。COBEとIRTSはそれぞれ特徴を持ち,独立な観測としての意味があったといえる。

 さて,途中の議論を飛ばして,結果をお見せしよう。表紙グラフは黄道光,星の光を除いた銀河系外から来る赤外線背景放射の可視光から近赤外線にわたる観測をまとめたものである。赤丸はIRTSの結果であり,COBEと大変よく一致していることが分かる。スペクトルは短波長ほど明るく,1ミクロン付近で急に暗くなっているのが特徴的である。また,観測された近赤外線背景放射は予想よりかなり明るく,銀河を重ね合わせた光(実線)ではまったく説明できない。

 背景放射の観測で重要なものとして,スペクトルとともに,その空間的な明るさの揺らぎがある。IRTSの観測では,1次元データではあるが背景放射の明るさの1/4に及ぶ揺らぎが検出され,その角度スケールは数度に及ぶことが見いだされている(図2)。この結果はCOBEの観測とも矛盾がない。

図2 空の揺らぎのパワースペクトル
角度の逆数に対して揺らぎの大きさを示したもの。はIRTSのデータ,は対応する空での星の揺らぎ。実線はランダムシミュレーションを行った際の分布の中心を,波線はその1σの範囲を示す。

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背景放射の起源:新たな観測事実

 近赤外線領域に既知の天体では説明ができない背景放射成分があることがIRTSとCOBEの観測で明らかになったが,その起源が何であるかを背景放射の観測だけから結論することは難しかった。しかし,最近の新しい観測によってその正体の解明が進みつつある。

図3 赤方偏移0.129にあるBL Lac天体H1426+428のガンマ線スペクトル(Aharonian et al. による)。
パワースペクトル(上部の直線)が近赤外背景放射光子による吸収を受けていることが示されている。1と2は近赤外背景放射の推定値の幅を表している。

 一つは高エネルギー(TeV領域)ガンマ線の観測である。ガンマ線を放射する銀河の存在は前から知られていたが,遠方のガンマ線天体のスペクトルが1TeV付近で急激な吸収を受けていることが最近観測されている(図3)。これは,もともと単純なべき乗のスペクトル(図3上部の直線)であったガンマ線が,銀河間空間で背景放射の近赤外線光子と衝突し,電子・陽電子対発生を起こして吸収を受けたものと理解される。実際,表紙のスペクトルを仮定すると,観測されたガンマ線のスペクトルがよく再現できる。この結果は,近赤外線背景放射の起源が太陽系や銀河系ではなく,宇宙論的なものであることを強く支持するものである。

 二つ目は,NASAが2001年に打ち上げたマイクロ波宇宙背景放射観測衛星WMAPである。WMAPはCMBの揺らぎを詳しく観測し宇宙論のパラメータを精度よく決定したが,CMBの偏光をも初めて検出した。CMBの偏光は銀河間プラズマ中の電子による散乱(トムソン散乱)によって起こされるため,CMB光子が我々に届くまでの途中の電離ガスの量が分かったのである。

 宇宙は始まって40万年後にプラズマが中性化したが,一方,現在の銀河間空間は高度に電離されたプラズマ状態である。いったいいつどのようにして宇宙が再電離されたかは,これまで謎であった。WMAPによれば,宇宙の再電離はこれまで考えられていたよりはるかに昔であり,宇宙が始まって3億年(17)以前にさかのぼることが分かった。何が再電離を起こしたかについては諸説あるが,最も有力なのは宇宙最初の星(種族IIIの星とも呼ばれる)が発する紫外線である。宇宙が中性化した直後,物質は水素とヘリウムのみであった。現在の銀河系のようにガスを冷却する塵や重元素がないため,ガスが収縮することが難しく,太陽質量の数百倍にも達する大質量星が形成されると理論的に予想されている。このような星はその放射のほとんどを紫外線で放出するため,周囲のガスを高度に電離する。これが現在の宇宙を再電離した原因と考えられるのである。

 それでは話を元に戻して,IRTSで観測された近赤外線背景放射は宇宙最初の星で本当に説明できるであろうか。イタリアのグループによれば,表紙グラフの近赤外線背景放射のスペクトルは種族IIIの星によって再現できるという。彼らによれば,星の紫外線は星間ガスと相互作用し,結局水素輝線(ライマンα線,1215Å)にそのほとんどのエネルギーが転化する。それが赤方偏移した光を重ね合わせれば表紙のスペクトルが説明できる。1ミクロン付近でのスペクトルのギャップは,種族IIIの星形成が宇宙が始まって6億年後(9)に終わったとすればよい。つまり,一番手前の種族IIIの星のライマンα線が1ミクロン付近に赤方偏移して見えていると考えるのである。

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近赤外線宇宙背景放射のスペクトル(グラフ)
はIRTSによる結果。↓はCOBEの上限値。はCOBE衛星のデータを用いて求められたもの。はHSTによる可視域での背景放射の観測結果を表す。はディープサーベイによる銀河を重ね合わせた光を示す。実線は銀河進化を考慮した背景放射の理論予想値。

さらなる展開を

 近赤外線領域の背景放射はどうやら宇宙最初の星の光ではないか,と思われるようになった。しかし,理論もまだまだ定性的であり,検討課題も多い。とりわけIRTSで検出された背景放射の大きな揺らぎは,理論的に説明することが難しい。より理解を深めるために,新しいより質の高いデータを出すことが我々観測屋に課せられた課題であると考える。幸い我が国はこの種の観測で世界をリードできる立場にある。1年後の打上げが期待されている我が国初の赤外線天文衛星ASTRO-Fでは,波長2ミクロンでの撮像により背景放射の細かな揺らぎの観測が可能である。我々は日・米・韓の国際協力でロケット実験(CIBER)を行い,1ミクロン付近でのスペクトルと大角度での揺らぎを観測することを計画している。さらに,ソーラーセイルミッションに観測装置を載せ,黄道光フリーな観測を行うことも提案している。近赤外線背景放射は我が国で始まった観測でもあり,今後も我が国が主導してこの分野の観測をリードしていければ,と思う。

最後に

 今年3月で,SFU打上げ10年になる。10年前のデータとはいえ,天文学の最前線の仕事ができたことに感慨を覚える。栗木先生はじめSFUでお世話になった皆さま方,またIRTSの共同研究者の方々に,この場を借りてお礼を申し上げたい。

(まつもと・としお) 


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