No.287
2005.2


ISASニュース 2005.2 No.287 

5人目

宇宙の果ての喧噪家 〜クェーサー3C273〜 


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東京工業大学大学院理工学研究科 片 岡 淳 

 悠久不変,無限の静寂を感じさせる宇宙にも,スピーカーで騒ぎまくるような「ウルサイ奴」がいる。そうした騒音源の中でも,特ににぎやかなものが「クェーサー」と呼ばれる天体だ。この天体,望遠鏡で見ても点にしか見えず,天の川にある星と区別がつかない。特徴といっても明るさが時に大きく変わるくらいで,普通の星にもそんなものはたくさんいる。だから,見つかった当初は星と間違えられ,幸か不幸か「準星(クアジ・スター=クェーサー)」という称号を賜った。星に“準ずるもの”とは微妙な言い回しだが,これには深いワケがある。

 普通の星は我々の目に見える光(可視光)をたくさん送ってくるが,波長の長い電波で見ると,とっても暗い。ところがクェーサーは,電波でも明るい変な奴なのだ。極め付けは,クェーサーの光をプリズムみたいに分光してみると,見たこともない位置(波長)に怪しい色の「輝線」がたくさん立っている。こういう「輝線」は元素に特有なもので,新しい色の「輝線」の発見,すなわち,すわ新しい元素の発見か?と色めき立った。いやいや待てよ。よくよく見たところ,よく知っている水素の輝線が,位置がえらくずれて見えているだけのようだぞ。冷静に調べると,からくりが分かってきた。救急車が我々の前を通り過ぎるとき,音が急に変わるのは誰でも経験したことがあるだろう。これを「ドップラー効果」という。これと同様に,運動している物体から出る光も,その波長を変化させる。調べてみると,最初に見つかった3C273というクェーサーは,光の20%もの速さで我々から遠ざかっていたのだ。筋金入りのスピード狂である。

図1 光学望遠鏡で見たクェーサー3C273(矢印)。
普通の星とクェーサー,見分けがつくだろうか?

 宇宙が膨張していることを知っているだろうか? 3C273の運動が宇宙膨張のせいだと考えたらどうだろう? 膨張の速さ(我々から遠ざかるスピード)は,地球から離れれば離れるほど大きく,光の20%に達するのは20億光年離れた場所である。するとこのクェーサーは,地球が生まれてまだ半分くらいの年齢のころから宇宙のはるか彼方で大騒ぎしていて,それを今見ていることになる。ちなみに我々の銀河系は,光の速さで5万年も旅すれば端から中心まで行ってこられる。クェーサーは,これより4万倍も遠くにあるのに,天の川の星と同じくらい明るく見える。それって,実はものすごい! 仮にクェーサーを太陽と同じ位置に置いてみよう。太陽を1億個集め,そのまた1億倍に明るくしたのがクェーサーである。そんな世界では,地球は一瞬で蒸発してしまうだろう。

 これだけ明るい天体は,とてつもない「体重」で自分を支えてやらないと,光の圧力そのもので,全体が吹き飛んでしまう。ざっと見積もると,太陽の1億倍の重さを持っていることになる。しかも,クェーサーは数時間で明るさを変える「騒々しい」天体だ。体のサイズが大きすぎると,光の速度の関係で,明るくなったり暗くなったりするのに時間がかかる。数時間というと,太陽系のサイズよりも小さくないといけないことになる。太陽の1億倍にも達する重さで,太陽系のサイズよりも小さい……。そんなところに,そんなに質量を押し込んで大丈夫なのだろうか? いやいや,大丈夫じゃないんです。クェーサーは宇宙に潜むモンスター,超巨大ブラックホールなのである。

 では,光を飲み込むはずのブラックホールが,なんで光や電波を出すのだろう? 実はこの天体,ブラックホールに飲み込まれるのと同じくらいのエネルギーを,ノズルのように細い「噴き出し(ジェット)」として宇宙空間にバラまいているのである。ジェットはほとんど光の速度で,1万年以上も旅をする。その間に光や電波をいっぱい出して,それが地球から見えるんだ。最近になって,実は電波だけでなくX線(レントゲン線)まで出していることが分かってきた。

図2 X線で見た3C273の中心領域。右下に伸びているのがジェット。
ジェットと,その根元の部分が明るく光っている。

 うーん,クェーサーってのは,なんてうるさい奴なんだ。我々人類が,彼らの遠くに住んでいて本当によかった。近くにいたら,毎晩の夜空がディスコの中のようにギラギラになって,さぞ落ち着かないことであったろう。

(かたおか・じゅん) 


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