No.265
2003.4

ISASニュース 2003.4 No.265

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冬の北国での実験

浅 村 和 史  

 キルナ市はスウェーデン北方の内陸部に位置する鉄山の街であり,その象徴のように市街のどこからでも見ることができそうなボタ山が街の南西に作られている。この地はオーロラオーバルと呼ばれる極域を取り巻くドーナツ状の領域に入る確率が高く,内陸であるために晴天率も良い。さらに北極と地磁気北極の位置が一致しないために生ずる通常の時刻と地磁気的な時刻の差が良い方向に作用し,地磁気的な真夜中が通常の真夜中より早く来る。夜更かししなくてもオーロラが見えやすくなるため,オーロラの地上観測にとっては好都合な場所である。スウェーデン宇宙科学研究所(IRF),そして「あけぼの」衛星関係者には馴染み深い海外受信局,エスレンジ局がここにある。

 1年半ほど前,思いがけずキルナに行くことになった。Mars Express衛星搭載用観測機器としてIRFが手がけるASPERA-3という粒子観測機器パッケージの一部,NPI(高速中性粒子撮像器)を較正するためである。本来の較正実験担当者が急病に倒れ,入院してしまったため,代役としての訪問であった。もともとASPERA-3には関わっていなかった浅村のキルナ行きが決まったのは,IRFASPERA-3実務責任者,Stasを個人的に知っていたこと,浅村が高速中性粒子観測器の開発に携わった経験を持っていたことなどによる。しかし,急に呼ばれての出発は不測の事態によることが明らかで,キルナでの仕事がいきなり較正実験に入るのではなく,機器の特質に習熟したスタッフなしに観測器や較正実験機器の特性把握から始まることを連想させた。

 IRFに着いた翌々日,その日からIRFに来ることになっていたという学生を紹介された。Klasというその大学院生は実験経験を持たないが,ずっと今回の実験につきあうことがすでに決まっていた。彼とともに再度観測器の説明を受け,出すべき結果について話しあった後,実験を始めることにする。NPIは既に真空チェンバー内にセットされ,データ処理用の電子回路も接続されていた。Stas立会いのもと,MCP(マイクロチャンネルプレート;高電圧をかけると粒子や光子一つ一つをある効率で検出できる)に高電圧を与えるとダークカウントが予測どおり現れ,イオンビームを照射すると,確かに予定されたMCP上の領域付近からカウントが出てくるように見える。この時点でかなり安心した。この分ではすぐにでも較正実験に入れそうだ。しかし,データを見ていると,どうもおかしい。予測をはるかに超えたカウントが時々検出されている。原因はデータ処理回路部にあり,観測器側の問題ではないことが分かったが,土日を挟んだため,改修は翌週に持ち越された。

 イオンビームの問題もあった。較正実験に必要なビームは長時間にわたって一定した強度を保つビームだが,実際にビーム強度を測ってみると短時間に相当な変化をしている。全くビームが出なくなることもあり,部品交換を余儀なくされることもあった。その都度真空チェンバーをリークし(内部を大気圧に戻し),必要なセットアップを行って再度真空に引くので,実験可能な真空度に至るまでの二日程度はただ待つことになる。その間,他の観測器や実験機器を見たりセミナーに参加したり,或いはオーロラを見上げたりと意義ある時間を過ごしていたが,すぐに二週間ほど経ってしまった。

 少しずつ時間が気になりだした。設定された実験期間は四週間だが,その半分が過ぎ去った今,未だ結果らしい結果を得ていない。このままでは較正実験をあと二週間で終えるなど無理な相談ではないのか。朝8時半のバスと夕方7時の街行きの最終バスによってKlasIRF滞在時間が決定されてしまうのは非効率ではないだろうか。寒ければ気温が零下30度にもなる中,IRFと市街地の間の8kmを歩くことは不可能である。幸い,IRFには研究所自体が所有する車があり,自由に使えることになった。車を使うことで,深夜に及ぶ実験もバスが動かない土日の実験も可能となった。

 それでも滞在期間を三週間延長し,較正結果を得て帰国したのは大晦日直前だった。帰国直前の送別パーティではJapanese concentration campなどと形容され,スウェーデン人にとっては考えられないほど仕事詰めの一か月半だったようだが,Klasにとっては初めての実験経験であり,それほど違和感を感じなかったのかもしれない。IRFには研究所内に技術者がいて,電子回路をはじめ,金属加工など必要なものはほとんどなんでも作ってもらえる。朝頼んで午後にできることもあった。待ち時間が減るため,この小回りの良さも仕事詰めの要因となり,実験の進捗を大きく後押しした。

 一年ほど経った今年の2月,キルナに行く機会がありKlasに再会したが,もうAsamuraと実験していないから土日は来ない,と笑っていた。

(あさむら・かずし) 


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