No.264
2003.3

<研究紹介>

ISASニュース 2003.3 No.264 


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セレーネ・プロジェクト

宇宙科学研究所 田 中 孝 治  

1.はじめに

 月は太古より語り継がれ,詩に詠われてきたように天文学だけではなく,文学,人類学,美術の面からも関心がもたれてきた人類にもっとも身近な天体であり,また,人類がその足跡を残した唯一の天体でもあります。しかし,月の起源や進化は未だ謎であり,この謎の解明は地球の起源・進化の解明に止まらず,太陽系科学全体の研究に大きな展開をもたらすと期待できます。この月の起源に迫るべく,アポロ計画以来最大規模の月探査計画“SELENE(SELenological and ENgineering Explorer)”計画が2005年の打上げを目指して進められています。SELENEは月を周回する周回衛星と2機の副衛星(リレー衛星,VRAD衛星)から構成されます。この計画は宇宙科学研究所と宇宙開発事業団の共同ミッションとしてスタートし,国立天文台および大学,研究機関の科学者,技術者を加えたSELENEプロジェクトチームが推進しています。以下,SELENE計画の概要を説明いたします。

2.ミッションの目的

 SELENE計画にはつの科学目的があります。一つは月の起源と進化を解明する“月の科学”,もう一つは月面環境の解明を目指す“月での科学”,三つめは月からの太陽地球系環境の観測を行う“月からの科学”です。一方,工学面からは“月の利用の可能性の調査と月探査技術の開発”を目的としています。

 月はこれまでに多くの観測が行われ,多くの知見が得られましたが,月の起源と進化という根源的な問題はいまだ深いなぞとして残されています。月の起源には大きく分けるとつのモデルが提案されています。“双子集積説”,“分裂説”,“捕獲説”,“巨大衝突説”です。これらつの説はいずれも異なる描像を与えています。月の科学として,従来の月探査とくらべ,より高精度,高分解能の表面の元素組成,鉱物組成,地形,表面付近の地下構造,磁気異常,重力場の観測を全球にわたって行い,これら観測により総合的に月の起源・進化の解明にせまることが期待されます。

 また,本探査計画では周回衛星に搭載された観測機器により,月面へ流れ込む太陽風プラズマ,高エネルギー粒子(宇宙放射線),月電離層などの環境計測を行います。高エネルギー粒子の観測は銀河の研究だけではなく,将来人類が月面活動を行う場合の安全性の評価に必要な情報となります。また,月の電離層の存在は旧ソ連のルナ19の観測により示唆されていますが,未だ確認はされていません。本計画では,遠隔探査の手法で月電離層の存在に関して結論を得ることを目指しています。

 月からの科学観測としては,月軌道からの地球電離圏・磁気圏の光学観測と木星や土星からの惑星電波の観測を予定しています。月軌道からの地球電離圏・磁気圏の観測は極端紫外光による酸素イオンの観測と可視光によるオーロラ観測です。また,木星や土星からの惑星電波は地球近傍では非常に微弱ですが,SELENEでは地球や太陽からのノイズが月に遮蔽される好条件を利用して惑星電波の高感度観測を行います。

 月は地球にもっとも近い天体であり,将来月面天文台や惑星探査の前進基地として宇宙探査の可能性を大きく広げる足場となるとともに,月の資源利用を始めとした,人類文明飛躍のためのフロンティアとして期待できます。本計画では,月利用の可能性を探るために,鉱物資源や地形,月環境を科学探査により明らかにするとともに,月利用のための基盤的技術開発を行います。

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3.探査計画概要


図1:ミッションプロファイル


 SELENE計画のミッションの概要を図1に示します。探査機は宇宙開発事業団の種子島宇宙センターから打ち上げられ,直ちに月遷移軌道に投入されます。打ち上げから約5日後38万km離れた月近傍に到達します。月楕円軌道に投入された後,段階的に遠月点高度が下げられ,最終的に高度100kmの極周回円軌道に投入されます。リレー衛星はその途中,遠月点高度2,400kmの楕円軌道に投入され,VRAD衛星は遠月点高度800kmで切り離されます。リレー衛星は,月の裏側の重力場計測のため,地上局と周回衛星間のレンジング信号を中継します。VRAD(VLBI Radio Source)衛星はリレー衛星とともに地上からの相対(VLBI)観測の電波源となります。

 高度100kmで周回する周回衛星は約2時間で月を一周します。赤道上における隣接軌道間距離は約35kmであり,約1ヵ月で元の軌道に回帰します。周回衛星は約1年運用され,このような軌道を利用して月の全球マッピング等を行います。

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図2:SELENE周回衛星


 図2に周回衛星の概観図を示します。周回衛星は月面観測機器の視野方向を月面方向に向けるために,リアクションホイールを用い軸姿勢制御を行います。太陽電池パドルの発生電力は約3.5kWです。高利得アンテナは地球からの可視の時間帯では地球を指向して地上局との通信リンクを維持します。高利得アンテナは10Mbpsという高伝送レートで観測データを地上局に送信します。周回衛星が月の裏側に隠れて地上とのリンクが途絶えているときは100ギガビットのデータレコーダに観測データを記録し,地球から可視になる時間帯にデータを再生して地上に送ります。

 周回衛星,副衛星のシステムの概要を表1に示します。

表1:SELENEシステム概要
打ち上げ 2005年夏期
衛星寸法 周回衛星 2.1×2.1×4.8 m
副衛星 1m径×0.65m (高さ)(八角柱形状) 2機
軌道 打ち上げ後直接月遷移軌道に投入
ミッション軌道 周回衛星 高度100km極円軌道
リレー衛星 遠月点2400km 近月点100km
VRAD衛星 遠月点800km  近月点100km
姿勢制御 周回衛星 3軸姿勢制御
アクチュエータ: 20Nmsリアクションホイール4台
センサ: スターセンサ2台, IMU2台, サンセンサ2台
姿勢制御精度±0.1°(3σ),
姿勢決定精度±0.025°(3σ)
姿勢安定性±0.003°/s(3σ)
副衛星 スピン安定(10rpm以上)
推進システム 周回衛星 スラスタ500N×1台, 20N×12台, 1N×8台
電力システム 周回衛星 GaAs太陽電池3.5kW, バッテリNiCd35AH50V 4台
副衛星 高効率シリコン太陽電池70W,
バッテリNiMH13AH26V
通信システム 周回衛星 高利得アンテナ1台(S,X帯),
オムニアンテナ4台(s帯)
10Mbps(X帯ダウンリンク)
40または2kbps(S帯ダウンリンク),
1kbps(アップリンク)
副衛星 オムニアンテナ(S帯)
128kbps(ダウンリンク),125bps(アップリンク)
データレコーダ 周回衛星 容量100ギガビット
重量 打ち上げ重量 2,885kg
周回衛星ドライ 約1,850kg
観測機器重量 約300kg
副衛星重量 約50kg(各衛星)

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 SELENE衛星のコマンドやテレメトリデータは宇宙開発事業団の新地上ネットワーク局及び宇宙科学研究所の臼田局,内之浦局を使用します。衛星の管制と科学データの取得は相模原の宇宙科学研究所に設置される月ミッション運用解析センター(SELENE Operation and Analysis Center:SOAC)で一元的に行われます。このセンターは衛星の状態監視とコマンドの発行,衛星運用計画の立案,科学データの取得と実時間表示,データの保管と情報の発信機能を持ちます。

4.搭載観測機器

 月の科学に関する探査項目は,月面の元素分布,鉱物組成,表層地形・構造,磁場の全球マッピング及び重力場計測に関して,全部で15項目の観測を行います。

4-1 元素組成成分の全球マッピング

 元素組成の計測は,蛍光X線分光計とガンマ線分光計で行われます。太陽X線によって励起された元素固有の蛍光X線を計測することで月面の元素組成を知ることができます。SELENEの蛍光X線分光計は大面積の固体素子CCDを利用した方法により,SiMgAlなどの主要元素を20kmの空間分解能で月の全表面にわたり計測します。

 月表面の天然放射線核種や宇宙線誘導生成核種はガンマ崩壊により核種固有のガンマ線を放射します。このことを利用して,月面からのガンマ線のエネルギースペクトルを測定し,元素の同定を行うことが可能です。月面のガンマ線計測はアポロ計画やルナプロスペクタでも行われましたが,SELENEでは250cm3という大容量の高純度ゲルマニウム結晶をスターリング冷凍機で80K程度まで冷却することにより,これまでよりはるかに高いエネルギー分解能を実現します。これによりUThKなどの放射性元素やHOMgAlSiCaTiFeなどの元素の存在度を約120kmの空間分解能で計測することができます。ルナプロスペクタの中性子分光計では極域に氷の存在を示唆する観測結果が得られていますが,いまだ結論は出ていません。表面に存在比1%以上の氷があればSELENE搭載のガンマ線分光計でその存在が確認できます。

4-2 鉱物組成の全球マッピング

 鉱物の組成は2種類の分光計で計測されます。地質の区分は20km幅の領域を20m(可視)及び60m(近赤外)の空間分解能で複数の波長範囲をもつマルチバンドイメージャで撮像されます。クレメンタイン計画に搭載された機器よりも一桁高い空間分解能を実現します。鉱物の同定には幅500mの観測領域を連続分光が可能なスペクトルプロファイラで行います。カンラン石,斜方輝石,単斜輝石,斜長石などの鉱物の同定が可能です。スペクトルプロファイラによる鉱物分布の同定とマルチバンドイメージャによる全球の地質分布の組み合わせにより,月全球の鉱物分布図を描くことができます。

4-3 月面地形の全球マッピング

 月面地形は,地形カメラ,レーザ高度計,レーダサウンダにより観測されます。地形カメラは幅35kmの領域を10mの空間分解能でステレオ撮影します。アポロ計画では赤道付近を限られた地域で観測が行われましたが,全球にわたり10mの分解能で地形を立体的に観測するのは今回が初めてです。レーザ高度計は出力100mJ,パルス幅15nsのNd:YAGレーザを用い,軌道に沿って1,600mごとに高度分解能5mで全球をマッピングします。

 地下5kmまでの内部構造はレーダサウンダを用いて分解能100mで探査します。周回衛星の30mの双極子アンテナから周波数5MHz,出力800Wの電波を放射し,地下の連続面からの反射波を検出して地下構造を探査します。

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4-4 重力場探査

 周回衛星の軌道は局所的な重力場の影響を受けます。月裏側の主衛星からの電波をリレー衛星を経由して地上で受信し,ドップラー信号を受信することで月裏側の重力場の情報を得ることができます。つの衛星を用いた重力場計測は初めての試みで,100km以下の高空間分解能で月裏側の局所的な重力異常に関するデータを取得できます。重力場の情報とレーザ高度計のデータを組み合わせ,月裏側の地殻の構造や厚さに関して正確な情報が得られます。

 リレー衛星とVRAD衛星に搭載される電波源からの電波を地上の3局以上の局から相対VLBIの手法で観測することで,副衛星の位置が正確にもとまり,月の内部構造を反映する低次の月重力場多重極係数を従来より1桁以上精度良く推定できます。

4-5 月磁場の全球マッピング

 月磁場の計測は磁力計と電子計測器で行います。磁力計には3軸フラックスゲート型が使用され,12mのマストの先端に搭載されます。月面に流入する太陽風電子は月表面磁場により反射され,それを計測することで表面磁場の情報を取得することが可能です。このつの観測機器を組み合わせることで,ルナプロスペクタ計画よりも高い空間分解能での月磁場の観測を行います。

4-6 月環境計測

 銀河宇宙粒子線や太陽フレア粒子は複数のシリコン半導体検出器で観測されます。プラズマ環境計測にはイオンエネルギー計測器と電子エネルギー計測器が搭載されます。また,レーダサウンダに組み込まれる受信機は20kHz〜30MHzの広い帯域で電磁環境の観測が可能です。

 VRAD衛星に搭載されたコヒーレントなSXバンドの2波の位相変化の差から,月電離層の情報を得ることができます。

4-7 月からの科学観測

 SELENEでは月軌道からの科学観測として,地球周辺のプラズマ環境の撮像と惑星電波の観測を行います。地球プラズマは極端紫外光と可視光のつの望遠鏡が用いられます。酸素イオン流を二次元的に撮像し,電離圏から磁気圏へのプラズマ輸送のメカニズムを解明するとともに,オーロラの発生,発達の過程をグローバルにとらえオーロラ現象解明に大きく寄与することが期待できます。

5.おわりに

 SELENE計画では,2002年春に構造モデルを用いた試験が完了し,2003年度にはフライトモデルを用いた電気試験が始まります。2004年度には総合試験が予定されています。また,月ミッション運用解析センターや地上局の整備も徐々に整えられつつあります。

 SELENEで得られる科学データは原則としてミッション終了後1年で世界の科学者に公開する方針となっています。ミッション終了後も月ミッション運用解析センターが世界の月科学の研究センターとして中心的役割を果たすことを目指しており,SELENEのデータはアポロのデータと同じくミッション終了後も長期にわたり月科学のデータベースという人類の知的共有財産となるでしょう。

(たなか・こうじ) 


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