No.264
2003.3

ISASニュース 2003.3 No.264

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ウオッカの一気飲み

阿 部 琢 美  

 2月初旬,私は極寒のモスクワを訪れた。IKIで開催されるGalperin Memorial Conferenceへ出席するためである。

 午後5時半,飛行機がモスクワに到着。暗いので有名なシュレメチェボ空港である。出発前に「前より明るくなったよ」との噂に仄かな期待を抱いていたが,やはり暗い。アエロフロートの機内誌に「日本からのフライトが夕方到着する関係からか空港内が暗いと感じられるようですが,回数を重ねると再びモスクワに来たという懐旧が感じられて良いとの評判」との記述があった。ものは言い様だが,こういう表現も出来るのかと感心した。

 入国審査と税関では係員の厳しい表情。そう言えば機内の乗務員にも笑顔や愛想が無かった(後で知ったが仕事中に笑うのは不謹慎,との考えに基づくとの事)。不安だった空港からホテルまでの道程は,幸いIKIの研究者が車を用意してくれたため,心配していた地下鉄にも乗らずに済んだ。窓外の街並みはライトアップされたショウウインドなど意外に明るい雰囲気。車中では日本に関する話題で会話が弾む。話してみると案外人懐っこい,素朴さが滲み出てくる等,次第にロシアに対する印象が変わり始める。

 翌日から4日間シンポジウムが開催された。Galperinさんはロシアの著名な宇宙科学者で宇宙研にも何度か来所されていたが,2001年末に急逝なされた。この会議は氏の多大な功績を讃えて開催されたものである。プログラムが電離圏,オーロラ,磁気圏,地上観測,宇宙天気など多岐に亘るセッションで構成されている事が示す様に,彼の興味の対象は極めて広範囲に及んでいた。しかも深い洞察力に基づいた夥しい論文が書かれている。彼の偉大な業績と幅広い交際範囲に直結するように,2月のロシアという条件にも拘らず200名を越す参加者が集まったとの事だ。

 会議初日の夕方,ロシア人とローカルなレストランで食事をする機会があった。乾杯は当然ウオッカで。言うまでもなくアルコール度40%の強いお酒である。周りのロシア人からグラスは一気に飲み干すのだぞと念を押される。まずは会議の成功を祈って乾杯。腹の中でウオッカが燃えるのを感じつつ何とかクリア。物の10分も経つと今度は「宇宙科学の発展のために」と2杯目の乾杯,これも周囲を横目で睨みつつ何とかクリア。何だか日本での一気飲みの雰囲気に似てきた。さらに10分程でまた乾杯するからとグラスに注いでくる。隣の米国人は「俺はワインだからウオッカとミックスにはしたくない」と体よく断りの弁。この手を使うのだった,と思っても後の祭り。遂に3杯目の乾杯。このペースは堪らんと半分飲んでグラスを置くと,すかさず「It's worse.」と言ってくる。彼曰く「少しずつ飲むのは体に良くない」そうだ。内心,この手は学生との飲み会にも使えるぞ,とほくそ笑むが,そんな事を考えている場合ではない。もうどうにでもなれ,と飲み続けた。が,驚いた事に一気飲みは思った程に酔いが回らなかったのである。ザクースカと呼ばれる前菜についてあれこれ説明を受ける。日本の料理に似ている,いや違う等々話が弾む。アルコールの量が増すに連れ,ロシア人との距離が縮まるのを感じた。

 ワークショップ期間中の昼食は研究所内のカフェテリアで。ロシアでは昼食が正餐でゆっくり時間をかけて食べるとか。スープ,サラダ,メインディッシュとパン。これで150円程度。黒パンを食べながら,ドストエフスキーに出てくるあれか,と納得したりもする。ビーフストロガノフを食すが意外と淡白で素朴な味。

 食事時に若い研究者の実情を聞くことが出来た。正直に研究環境について話してくれた。ワークショップ会場では日本語を勉強しています,という女性にも会った。機会を見つけては話をしに来る。意外にも生活の事など正直に話してくれる。

 今回の訪問でロシア人の素朴で温和な人柄に接した事が多かった。それは,ロシア=気難しく融通の利かない,という私自身の先入観とは反対の印象だった。それは実は日本人の民族性と多少の共通性をもつものではなかろうか。少なくとも日本人−欧米人の間よりロシア人との距離がより近い事を感じた。

 ロシアに来て6日目,ついにモスクワを去る日。完璧に近かった会議の運営を締めくくるようにIKI研究者の丁寧な見送りを受け空港に向かう。6日間の滞在で私のロシア人に対する印象は大きく変わった。それはロシア人が真摯な態度で,壁をもたずに接してくれたからであろう。私は間違いなく,以前よりもロシア人贔屓になった。将来,再びモスクワの暗い空港に降り立つ日があったら間違いなく,「またこの国であの人たちと会うことが出来るのだ」という懐旧を感じられるに違いない。

(あべ・たくみ) 


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