No.263
2003.2

<研究紹介>

ISASニュース 2003.2 No.263 


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電波望遠鏡と宇宙望遠鏡

宇宙科学研究所 村 田 泰 宏  

はじめに

 研究紹介ということで,本来は細かい研究成果についてお話したほうがよいのかもしれませんが,ここでは,電波望遠鏡の話を書きたいと思います。赤外線と電波の境については曖昧ではありますが,電波法という法律があって,その第2条に『「電波」とは,300万メガヘルツ以下の周波数の電磁波をいう。』と書かれています。波長に直すと,約0.1ミリ以上の電磁波ということになります。この「電波」で天文の研究をしているのが電波天文学です。

 この「電波」は,“基本的には”人間の目で見える可視光あたりと並んで,宇宙から大気を通して天体の電磁波がとどきますので,地上にある望遠鏡を使えば観測ができます。可視光では,直径8〜10mクラスの望遠鏡が最大のものですが,電波望遠鏡は,直径50〜100mクラスの望遠鏡がいくつかあり,さらには,鏡面が地上に固定されている望遠鏡として,アレシボ天文台の直径305mの望遠鏡(図1)もあります。


図1:アレシボ天文台


1.なぜ電波天文学?

 では,なぜ電波天文学をやるのでしょうか それにはいくつかの理由があります。

1)電波は重要な観測手段の1つ。

 星や,銀河,宇宙のことをより知るには,できるだけ情報を集めなければなりません。可視光だけでなく,X線や,赤外線や電波や,いろいろな手段で観測すれば,別の情報が得られます。人によっては「この天体は,このように良くわかっているので電波で観測しても意味のある結果は出ないよ。」という人がいるかもしれません。そのような予測ももちろん大切ですが,一方で,われわれ観測屋とよばれる人々は,予測もできない面白いことを見つけてやりたい,と常日頃から思っています。パルサーや宇宙背景放射なども思いがけなく見つかったものです。

 電波の場合波長は長く,波打ちもほかの電磁波よりゆっくりです。したがって温度が低い(低エネルギーの)天体からでも,非常に高温の活動銀河の中心にあるブラックホールの近くの高温のガスでも電波を発生することができます。強弱の差はありますが,ほとんどの天体から電波は出てきます。

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2)電波は光に比べると遠くまで見える。

 電波は光と比べると宇宙のチリやガスの中の透過力が強く,例えば光で銀河系の中心方向を観測してもそのご本尊は見えませんが,電波では見ることができます。

3)電波は天体からの信号を波として観測できる。

 電波望遠鏡は,ほかの波長の望遠鏡(もしくは検出器)と大きな違いがあります。それは電波を波のまま,天体からの電波の強さ(波の振り幅)だけでなく,波を打つタイミング(位相)も含めて観測できます。電波は波長が長いので,その分,波打ちがゆっくりなのです(周波数が低い)。したがって,波の性質を保ったまま周波数をさらに下げたり,データを記録したりするのに使用できるデバイス(半導体や超伝導素子など)があります。ほかの電磁波では,波打ちが早過ぎてなかなかそのようなことは難しいのです。電波では波の観測ができるために,高波長分解能観測が実現できたり,4)で述べるような「干渉計」というものを実現できたりします。

4)干渉計により高感度の装置が作れる。

 電波が波として受信ができるおかげで,干渉計というタイプの電波望遠鏡を作ることができます。干渉計のしくみについては,ISASニュースの1997年7月号から,1998年1月号のスペースVLBI入門,1999年8月号の「はるか」特集号を参考にしてください。複数のアンテナを組み合わせてつの電波望遠鏡を作る技術です。干渉計の登場により,電波を集める能力(感度)をあげるのに大きな電波望遠鏡を作らなくてもよくなりました。主鏡が動かせる電波望遠鏡としては最大の100m望遠鏡(図2)ですが,感度は,VLAでの25mアンテナ27個の方が高いのです(図3)。100m望遠鏡からさらに大きさを大きくしようとすると,重すぎて,望遠鏡を作るのは至難の業です。ところが干渉計であれば,アンテナを増やせば,感度を増やすことができます。さらに,5)で述べるような利点もあります。そのようなことから,後述する次世代の巨大電波望遠鏡計画は,ALMA計画にせよ,波長の長いほうのSKA計画にせよ,すべて干渉計になっています。


図2:マックスプランク100m電波望遠鏡(ドイツ)



図3:VLA(米国,ニューメキシコ州)


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5)干渉計により高解像度観測が実現できる。

 電波でも光でも観測天文学者が大きな望遠鏡を作るのはつの理由があります。つは,できるだけ多くの宇宙からの光を集め,より微弱なより遠い天体まで観測したい。もうつは,解像度をあげて,できるだけ細かく天体を見たいという理由です。解像度は望遠鏡の口径に反比例し,波長に比例します。ドイツにある100mのアンテナで波長6cmで観測をした場合,解像度は約120秒角となります。光の観測の場合は,並の望遠鏡でも1秒角をすこし切るくらいの解像度になります。結局100mクラスの望遠鏡を作っても解像度では100倍以上も悪いのです。

 干渉計の場合は,電波望遠鏡としての解像度を計算するときは,望遠鏡の直径に相当するのは,干渉計を構成するアンテナ群の端から端までの距離になります。例えばVLAの場合,思い切りアンテナを広げると40kmくらいになります。解像度は0.3秒角となります。さらに,観測した電波をとても精度の高い時計を使って磁気記録するVLBIという技術で,世界中にある電波望遠鏡が協力してつの望遠鏡を作ることに成功しました。これにより,電波望遠鏡の大きさは,一気に地球サイズ(直径約12,000km)になりました。波長6cmの観測で,0.0015秒角(1.5ミリ秒角)となり,ハッブル望遠鏡の解像度も凌駕します。このVLBI技術により電波天文学は,もっとも高解像度が実現できる波長帯になったのです。

2.電波望遠鏡も宇宙へ


図4:VSOPが作った地球より大きな電波望遠鏡


 VLBIによって100mから地球サイズまで大きくなった電波望遠鏡をさらに大きくするため,VSOP計画では電波望遠鏡「はるか」をM-V-1号機で地球の外に置きました。「はるか」は最大で21,500kmくらいの高度になるので,地球の直径分も勘定に入れると,約33,500km,地球の3倍弱くらいの大きさの電波望遠鏡を作ることができました(図4)。これにより,波長6cmでは解像度は1ミリ秒角を切って0.4ミリ秒角を達成しました。解像度をあげると物事がこまかく見えてよくわかります。0.4ミリ秒角というのは,どのような解像度になるのでしょか 東京から大阪にあるものを見た場合,0.4ミリ秒角の角度は約1ミリの長さに当たります。細かい字の文書でも読めてしまうくらいです。

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 この解像度を利用してVSOPではさまざまな成果がでました。解像度が高いということは,細かい構造がよく見えます。VSOPの結果については,これまでもISASニュースなどで公表されましたが,その後も観測は継続しています。図5では,1928+738という天体を「はるか」で5年間観測してえられた活動銀河核からのジェットの変化の様子です。ジェットのパターンが変化しているように見えますが,よく見て明るいところを追っていくと,銀河の中心から離れるようにそれぞれの明るいところが動いていくことがわかります。解像度が高くなければここまではわかりません。「はるか」が観測を始めてもう6年にもなり,さらに観測を継続して新しい成果を出していくことになります。


図5:VSOPで捕らえたクェーサ1928+738からの
   ジェットの模様の4年間の変化      


3.将来の電波望遠鏡像

 現在つの大きな国際的な大電波望遠鏡建設計画が動き始めています。ひとつはALMA計画です。感度,分解能ともにミリ波,サブミリ波で最高のものになる究極の地上観測装置です。建設も米国,欧州ですでに始まっていて,これに国立天文台を中心とした日本のグループも加わろうとしています。グループ共同でチリの海抜5,000mの高地に直径12mのアンテナ64個の干渉計を作ります。ミリ波,サブミリ波では大気の影響が大きいので,できるだけ大気の薄い5,000mの山の上に建設します。もうつの国際プロジェクトは,センチ波より長い波長の観測装置であるSKAプロジェクトです。SKAというのは,Square Kilometer- Array(平方キロメータ干渉計)の略で,感度を増すため望遠鏡の表面積が1平方kmを超える望遠鏡を作ろうという計画です。オランダ,中国,オーストラリア,米国,カナダなどが,それぞれの望遠鏡の設計案を提案しその比較を行っています。完成はALMAよりずっと遅いですが,実現すればアレシボの直径305m13倍以上の感度になります。ALMASKAは究極の地上電波望遠鏡と言われますが,電波天文の観測屋はそこで満足するでしょうか しばらくは満足するかもしれませんが,観測をすればさらに新しい疑問が沸いて,さらによりよいデータを求めるのは,観測屋の宿命です。もともと電波天文学は,地上でいろいろとできたのですが,科学の発展が,より高精度の電波望遠鏡を求めてきており,ALMASKAでの観測成果がその次の宇宙電波望遠鏡を要求することに必ずなると思います。

 電波望遠鏡を宇宙に作る理由は主につあり,つ目は宇宙に大気がないということです。ALMA5,000mまで上がりましたが,もっとずっと上のほうがいいのです。それほど,ミリ波,サブミリ波では大気が邪魔なのです。ALMAだけでなく地上VLBIでも事情は同じです。大気のせいで,3ミリくらいより短い波長でのVLBIは,なかなかうまく行きません。

 つめの利点は宇宙は広大で重力がないということです。「はるか」は,基線を伸ばすために宇宙に出ました。また,重力もないことから地上よりも大きなアンテナを作る可能性があるのではないかと思います。

 番目の宇宙の利点は,電波がないことです。電波を観測するのに電波がないとは と奇異に思うかもしれませんが,地球上やその周辺は,特にセンチ波より波長の長いところで人工電波であふれかえっています。通信の世界では,出される電波もとてつもなく強いものばかりです。そのような人工電波の影響をなくすためにはできるだけ地球から離れればいいということになります。月の裏が良いとも言われています。

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4.究極の宇宙電波望遠鏡は?

 たとえば,ALMAの次世代だとどのような望遠鏡になるでしょうか ほんとはどのような科学を目的とするかを意識しなければならないのですが,感度を10倍にしようとすると30mクラスのアンテナを100個,データの速度は落とさなければならないので相関器も宇宙に上げて,データレートを落として地上にデータを送ります。干渉計としての広がりも10〜100kmくらいでしょうか でも大気がないことを考えると10mクラスのアンテナを30個くらい使った干渉計でも地上望遠鏡と勝負になるかもしれません。

 一方将来のスペースVLBIつの方向としては,サブミリ波で解像度10マイクロ秒角をねらうというものがあります。近くの銀河の中心にあるブラックホールを影としてみるための仕様になります。(これは,この仕様であればほぼ確実に見えるだろうと言われているものです。もっと甘い仕様でもいいかもしれません。)この場合は,基線長は10,000kmでよいことになります。この基線長は別にスペースVLBIというものではありませんが,サブミリ波だと地上ではVLBIは難しいので宇宙望遠鏡にする必要がでてきます。

5.次のスペースVLBI計画にむけて

 われわれは,「はるか」で世界で初めてのスペースVLBI衛星を実現しました。しかも前の節で述べたように,電波天文学の世界でも宇宙での観測が今後クローズアップしてくる可能性がとても高いのです。世界に先行している宇宙での電波天文の流れをこのまま大きな流れにしなければなりません。前節のような話は今の段階では,かなりの夢物語ではありますが,次のスペースVLBIの計画も,より短い波長へ,より高感度でというような方向で開発を進めています。衛星の仕様は望めばキリがありません。面白そうな成果が出るところで,できそうな所はどのあたりかを見据えつつ,計画を進めていかなければなりません。ここでは,一般的な話をさらに妄想的に書きましたが,具体的な次のスペースVLBI計画については別の機会に譲りたいと思います。

(むらた・やすひろ) 


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