第8回
惑星のかけらを取る技術
藤 原 顕
惑星探査において,惑星の質量,重力分布,内部構造,地形,磁場などの物理情報とともに,物質情報,つまり,惑星表面の鉱物組成,同位体を含む元素組成,そして惑星形成年代などについての情報を得ることが重要である。物質情報のうち,あるものは,惑星表面に接触せずにリモートセンシングで可能である。たとえば,表面の鉱物組成は可視,赤外線分光器で色合い(スペクトル)を調べて,ある程度推定できるし,元素組成については表面からのX線やガンマ線などを測定することによって広範囲の地域の情報を得ることができる。しかし,現在もっとも詳細な物質情報は,惑星表面から試料を採取し,それを地球に持ち帰って,分析することで得られる。
これまでに,唯一,地球以外の天体から採取して地球に持ちかえられた月の試料は人間の手作業によって行われた。無人の探査機によって,惑星表面からの試料を採取するには,転がっている石を拾うといった以外にも,いくつかの方法がある。もっともオーソドックスなものはパイプを地面に潜り込ませて採取するコアーサンプリングであろう。これならば表面からの層序をそのままにして採取することができる。しかしこの方法は装置が大掛かりになり,かつ電力を必要とする。また重力の小さい小惑星や彗星で,この方法を適用しようとすると,天体表面に確固とした足場が必要なためにアンカーを打ち込む必要がある。実際,ロセッタミッションが当初提案されたときは,彗星表面にアンカーを打ち込んでコアーサンプリングを行い,地球に持ち帰る計画であった。
小惑星からのサンプルリターンを行うミューゼスCでは,これらの難点をのがれるために,小さな弾丸を表面に300m/sで打ち出し,衝突して飛び出す破片を捕集する。低重力下では,破片は飛び出した時の初速を保ったまま上方へ飛んで行くので,これらを効率よく集めて小さな容器に入れればよい。ミューゼスCでは,ホーンと呼ばれる長さ1m の漏斗状の筒で受けて小さな容器に導くようになっている。この装置を使ったサンプリング法では,探査機の底面に取り付けられたホーンが小惑星表面と接触するのは一瞬だけである。このようなアクロバティックな採取法が成立するためには,ホーンと表面接触時の衝撃緩和や,探査機の表面接近と離脱など航法誘導制御が重要な技術となる。また,他の重要課題として,しゅう動機構部分が砂塵の中で正常に動作することや,他のサンプル採取にも共通なこととして,地球から持ち込む汚染を避けるための対策が必要である。
彗星のごく近傍を通りすぎる際に,彗星から噴出している塵を捕まえることも可能である。一般に通過速度は何km/sもの高速度であることが普通であるので,高速度で飛び込んでくる塵を,できるだけ,蒸発させたり変成させたりせずに,捕まえる技術の開発が必須である。スターダストミッションでは目標彗星の近くを6km/sで通過する際に,透明で低密度(0.1g/cc オーダー)ゲル物質(エアロゲルと呼ばれる)に塵を突入させて捕獲する。彗星のように,自分自身が塵を放出していない小惑星では,そのそばを通過する際に,物体を打ち込んで,積極的に塵を放出させて捕獲することも考えられる。
さて,時はかわって20xx 年。惑星表面に投下されたナノローバーに搭載された,ナノサンプラーがサンプルを採取し,その場で年代などのデータを出す...。超小型サンプリング機器と粉砕,選別部,その先に繋がるウエットケミストリーを含めた化学処理部,および分析部など,分析実験室さながらのプラントがいくつかのマイクロチップ上に組みつけられ,プログラムされた手順にしたがって分析データを出していく。地上の管制卓に座ったいろいろな分野の分析専門家が,自ら設計した機器にそれぞれコマンドを送って,いまやサンプルリターンなしに,その場分析によって,年代を決めたり,分析を行う...。といったことが,いずれは実現するであろう
(ふじわら・あきら)