No.224
1999.11

ISASニュース 1999.11 No.224

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第8回 温度計で探る電波の世界

国立天文台 松尾 宏  

 『赤外線』と『電波』の周波数(波長)の境界は曖昧である。同じ電磁波でも電波は「波」として捕らえ,赤外線は「光子」として捕らえる。国立天文台の発行する「理科年表」では周波数1THz以下の電磁波を電波としているが,他の資料では波長1ミリ (300GHz)が電波と赤外線の境とされている。これは,300GHz以上の電磁波を波として捕らえることが難しかったことを反映している。

 この境界領域に相当する波長域(300GHz〜1THz)が,サブミリ波帯と呼ばれる波長域であり,電波の検出技術と光の検出技術の交錯する波長帯でもある。電磁波を波として捕らえるには入力信号と局部発信機の信号を混合する『ヘテロダイン受信機』が用いられ,宇宙空間の分子から発する光の分光観測などで用いられる。一方,光子エネルギーの総積分量を熱エネルギーに変換して検出する『ボロメータ』が,宇宙空間のダスト(宇宙塵)などから発する連続波放射の観測で威力を発揮する。

 ボロメータは,半導体サーミスターを用いた温度センサー,サファイアあるいはダイアモンド基板に金属蒸着した吸収体と,センサーの信号を読み出すリード線から構成され,一定温度の熱浴と適当な熱伝導度でつながっている。入射した光子のエネルギー総量は吸収体の温度上昇として検出される。ボロメータの雑音は熱的な要因に左右され,動作温度が低いほど,また熱浴との熱伝導度が低いほど雑音が低くなり,感度が高くなる。

 国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡では,このボロメータを用いた受信機,NOBA( NObeyama Bolometeter Array )が活躍している。観測波長2ミリ(150GHz)のボロメータ7素子からなり,45m鏡の焦点面のホーンアレイに取り付けられている(写真参照)。天体からの微弱な信号を受けるためには,ボロメータは絶対温度0.3Kまで冷却される。例えばミリ波で明るいクエーサーを口径45mの電波望遠鏡を用い150GHzを中心とした30GHz幅の広い周波数帯域で観測したとしても,集めることができるのは約1 pW(ピコ・ワット=10-12W)のエネルギーである。NOBAの場合1秒積分で約10-16 Wのエネルギー検出能力があるので,光学系の効率を加味しても十分な感度でクエーサーが観測できる。現在ミリ波では宇宙の果てで生まれたばかりの銀河が放つ微弱な放射をも観測することが可能である。


 だが,実際にこのような観測を実現することは容易なことではない。ミリ波・サブミリ波では常に10〜100 pWもの地球大気からの放射がボロメータに降り注いでいる。つまり,観測したい天体よりも5〜6桁も強い大気放射に埋もれた天体信号を検出しなければならない。より暗い天体,より広い領域の観測を行うためには,大気放射の少ない高山あるいは宇宙空間からの観測が必須である。大気の放射雑音や吸収による観測波長域の制限などを考えれば宇宙空間が望ましい。1995年3月に打ち上げられたSFUに搭載された赤外線望遠鏡(IRTS)の遠赤外線測光器(FIRP)には,0.3Kに冷却された高感度ボロメータが搭載されていた。遠赤外線からサブミリ波の4つの波長帯を4つのボロメータにより同時観測を行うことのできる観測装置である。IRTS15cm望遠鏡も液体ヘリウムで冷却され,観測装置からの背景雑音のない環境が実現された。この低背景放射環境を生かした高感度のボロメータにより,銀河面に広がった星間ダストの観測などで成果が得られている。

 宇宙空間からのサブミリ波観測を本格的に行うためには,口径10〜20m程度の望遠鏡が必要とされる。サブミリ波では銀河系の放射や近傍の銀河の放射がより遠方の宇宙を観測するときの雑音となる。空間分解能を遠方天体の大きさ(1〜10秒角程度)にすることで近傍天体の雑音に邪魔されずに遠くの銀河が観測でき,銀河の形成過程をサブミリ波で明らかにすることが可能になる。地上のサブミリ波観測ではそろそろ限界が見えてきており,大口径サブミリ波望遠鏡をスペースに打ち上げる必要性が高まっている。

(まつお・ひろし)



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