No.220
1999.7

ISASニュース 1999.7 No.220

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第5回 宇宙のレントゲン写真を撮る
           ‥‥スーパーミラー硬X線望遠鏡

名古屋大学理学部 田原 譲  

 X線は物質中で強く吸収され,屈折率がよりわずかに小さい,という特徴を持ちます。このことはX線用の光学系を作る上で,屈折レンズが作れないこと,反射鏡は全反射のみが利用できることを意味します。しかも屈折率のからのずれが非常に小さいため,全反射は鏡面すれすれの角度の光線に対してのみ有効です。例えば光子のエネルギーが1keV (キロ電子ボルト)のX線が金の鏡面で全反射するのは鏡面から2度以下のすれすれの角度に限られます。この許容角度はX線のエネルギーが高くなるほど小さくなってしまいます。このようなX線の性質があるため,X線望遠鏡はすれすれ角反射を利用した斜入射鏡と呼ばれる特殊な反射鏡を用いる必要がありますし,また,これまでのX線望遠鏡は低いエネルギーのX線に対する望遠鏡から順次開発されてきました。

 1978年に打ち上げられたアインシュタイン衛星や,1990年ROSAT衛星では4keV以下のX線に対してのみ撮像が可能でした。これを鉄原子の特性X線が観測できる6-7keVX線まで観測領域を広げたのが,「あすか」に搭載され,ASTRO-Eにも用いられるX線望遠鏡です。この望遠鏡の特徴は0.5度以下という小さな斜入射角で大面積の光学系を実現するため,厚さ0.15〜0.20mmと極端に薄い鏡を直径35〜40cmの望遠鏡の半径方向に120 - 170枚も入れ子状に設置してあります。この望遠鏡の『極端さ』は直径40cmX線望遠鏡に必要な鏡の延べ面積が直径数メートルの鏡に対応することでもわかります。

 より高いエネルギーのX線が観測できる望遠鏡は,同様の方法ではより以上の極端さが必要となり,実現が困難です。このため,大きな斜入射角でも高いエネルギーのX線が反射できる鏡が求められていました。そこで登場するのが多層膜と呼ばれる特殊なコーティングです。もともと,X線は結晶によって大きな角度に散乱されるブラッグ反射と呼ばれる現象が知られていました。結晶では原子がちょうどX線の波長と同じ程度の間隔で規則正しく並んでいるため,原子で散乱されたX線が干渉し,反射するのです。

 多層膜は白金やモリブデンなどの重元素とベリリウムや炭素などの軽元素を交互に一層当たり数ナノメートルの厚さで数十層,人工的に鏡の表面に重ねたものです。いわば奥行き方向に周期性を持った一次元の人工結晶です。多層膜はその周期長や層数,重・軽元素の組合せで,その性質をある程度自由に変えられます。例えば,結晶では特定の角度で反射できるX線の波長(またはエネルギー)は非常に狭い範囲に限られますが,多層膜では反射可能な波長(エネルギー)の範囲を広げることができます。

 実際に作成した白金1.4ナノメートル,炭素1.4ナノメートルの厚み,積層数60,界面粗さ0.3ナノメートルの多層膜では,8keVのX線に対して斜入射角1.6度で反射率は約50%にもなります。単一物質の鏡では反射率は0.1%以下に過ぎません。ただしこの多層膜では入射角1.6度の条件で反射できるX線エネルギーの範囲は8keVを中心として相対エネルギー範囲が6%位と小さなものです。これでも結晶に比べれば随分広いエネルギー幅ですが,汎用のX線望遠鏡としてはより十分広いエネルギー幅を持つことが重要な性能です。

 多層膜の周期長を表面近くでは広く,奥に行くほど狭くといった具合に変化させると,表面近くの多層膜ではエネルギーの低いX線が反射され,透過力のあるエネルギーの高いX線は表面近くの層を透過し奥の多層膜で反射され,単純な多層膜に比べ有効に反射するX線のエネルギー幅を広くできます。これが多層膜スーパーミラーと呼ばれるもので,特にエネルギーの高いX線で有効です。実際の多層膜スーパーミラーではブラッグ反射の原理である干渉のプロセスが吸収と複雑にからみ合うため,その設計にはコンピュータが用いられ最適化が行われます。実際に実現した白金と炭素を周期長が6.2から8.8ナノメートル,全積層数70のスーパーミラーは,25から40keVものエネルギーの高いX線に対して平均20%の反射率が得られています。スーパーミラー製作上の課題は,現在理論上の反射率に届かない原因となっている界面粗さをいかに小さくするか,また斜入射光学系であるために必要な大量のスーパーミラーをいかに効率良く形成するか,にあります。

 スーパーミラーを応用した硬X線望遠鏡による最初の天体観測は,名古屋大学とNASAにより気球を用いて2000年の夏に予定されています。また将来のX線衛星への搭載も期待されています。硬X線による本格的な撮像観測はその高い検出感度を活かし,普通の銀河の中心に潜む巨大ブラックホール探査などに活躍することでしょう。

(たわら・ゆずる)



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