No.195

ISASニュース 1997.6 No.195

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第7回 宇宙メーザー - 銀河核とブラックホール -

国立天文台野辺山    中井直正

 光の方のレーザーと同じ原理だがマイクロ波(電波)で発生するものにメーザーというものがある( maser のmは microwave からきている)。地球上では実験室ま たは工業的に特殊な細工をしないとメーザーは出ないが,宇宙空間ではある種の分子が自然にこのメーザー現象を起こしている。図1のようにある2つの準位を考えたとき,普通(熱平衡状態)のときはそれぞれの準位にある分子の数の比はボルツマンの式

n2 /n1 = exp(-hv/kT)

で与えられる(統計的重みはすべて1とする)。従ってn2<n1となり下の準位にある分子の数の方が多い。ところが宇宙空間のようにガスの密度がとても低いため分子同士の衝突が少ない環境では,エネルギー準位間の遷移は衝突だけでなく輻射も大きく効いてくる。この場合準位2より上にあるエネルギー準位から落ちてくる数と下の準位に落ちる数の差で決まる準位2に溜まる分子の数の方が,同様に準位1に溜まる 分子の数より多くなる逆転現象を起こすことがある(n2>n1)。この状態は非常に不安定なので,準位1と2のエネルギー差に相当する周波数の電波が外部 から入ってくると誘導放射を起こし,準位1に落ちて,さらに強い電波を放出する。その放出された電波がとなりの分子の同じ準位間にまた誘導放射を起こしこれが次々とカスケード的に起こって,同じ周波数の非常に強い電波が放射される。これがメーザーである。宇宙空間ではいろいろな分子がメーザー現象を起こすが,特に水分子(H2O)の22GHzの電離ガスに付随した分子雲や,逆に年老いた星の周囲にあるガスからメーザーが出ている。なかには22GHzの電波だけで,太陽が出す全エネルギーを放射しているものもある。ところが他の銀河の中心核には,さらにこの数百倍以上も強い水メーザーを出しているものがある。2100万光年の距離にある渦巻銀河M106もそのひとつである。この銀河の中心からやってくる水メーザーを長野県野辺山にある国立天文台の45m電波望遠鏡で観測したら銀河中心の速度付近の他に毎 秒±1,000km離れたところにもメーザーが見つかった(図2)。



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これをさらにVLBA(直径25mの アンテナ10台をアメリカ国内に配置した電波干渉計)で観測したところ,内側の半径が0.8光年,回転速度が毎秒約1,000kmの円盤が見つかった(図3)。



この円盤は太陽系の惑星のように内側は速く,外側はゆっくり回転しており,中心天体が非常に小さいことがわかる。その質量は太陽の3,600万倍であり,もしそれが星の集団だとすると短時間に互いに衝突して存在しえない。考えられるのはブラックホールだけである。こうして銀河中心における巨大質量ブラックホールの確証が得られた。メーザーはこのように,宇宙の構造を探る道具としても極めて有用なのである。

(なかい・なおまさ)


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