No.190
1997.1


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 湧き水が流れる田の脇の水路の落ち葉の下や泥の中から,アカハライモリを採集して実験室に運んだのは1994年11月,ちょうどイモリも冬眠を始めた時期であった。遮光した保冷庫の中でイモリを冬眠状態で維持し,試料約100匹を種子島に運び込んだのは1995年1月19日。客室持ち込みの手荷物として,運び役2人に警護されての空の旅。到着後早速,広いクリーンルームに設置した保冷庫におさまる。

 SFUでのイモリ実験は,重力が生命現象にどのような影響を与えているのかを調べることを目的とする。両生類の卵は産まれた直後には直径が1〜2@という一つの大きな細胞であり,また暗色の動物極が重力によりそろって上方に向く。ところで,雌イモリは婚姻行動によって精子塊を総排泄孔の内側に取り込む.春になって日照時間が長くなり,水温が上昇すると,蓄えていた精子を使い卵を受精し産卵する。このような宇宙実験にはうってつけのイモリの性質を利用し,野外で採集してからずっと冬眠状態のまま維持し,雌イモリのみ宇宙におくる。実験開始時に水温を上げて産卵を誘発し,卵の受精直後から宇宙環境に曝して,その発生の様子を調べるというのがSFUでのイモリ実験である。

 種子島に運んだイモリの中から,9匹の搭載候補を選んでホルモン処理し,そのうち2匹を打上げの約一月前,2月21日にSFUの実験装置に積み込んだ。この2匹の雌イモリは,自前の生命維持装置により,日本の地から宇宙に送られる初の生物である。打上げ待機状態でのイモリ水槽の冬眠状態への維持は,ことのほか難しかった。ペイロードボックスの外から風を送り込み,ペルチェ素子(小さな冷蔵庫)の排熱部を冷却し,水槽を冬眠温度に維持する。実験装置への電力供給が途絶えると,水槽温度はみるみる上昇してイモリが冬眠から醒め,宇宙にたどり着く前に産気づいてしまう。これにも増して,水の循環が停止すると水槽内の溶存酸素濃度は低下し,イモリの生命すら危険にさらされる。こんなことから,イモリ搭載以降,実験装置へ継続して給電し,給電断がやむを得ない場合も30分以下とした。たとえ停止時間が30分以内であっても,イモリにとっては,その影響は不可逆的に累積していく。長年にわたって確立されてきた射場作業にとっては,さぞかし異質なペイロードだが,関係者の理解に支えられ,着々と打上げに向けた作業が進行した。

 イモリのSFUへの搭載以降,イモリ実験チームは2シフトで24時間,打上げまで連続の監視体制に入る。SFUはロケットの頭部に結合されるまで,いくつかの部屋を移動し,また移動台車で射場内の道路を輸送され射座点検塔の上部に吊り上げられた。AC電源に接続できない局面では電池式の給電装置につなぎ替えた。こんなことから,重要なSFUの射場作業では,イモリ実験要員はことごとくイモリに相伴してフェアリングの裾に貼り付くという余禄を得た。打上げ最終形態となり,ブロックハウスからの給電・監視に移行したところで一安心。少々だるい監視作業も,雷雲の種子島襲来となると俄然色めき立ち,電源を電池式に切り替え,刻々と変化する襲雷モニター画面に一喜一憂した。

図22. 回収した胚の薄切切片像
 3月18日,打上げ7分前,最後の地上コマンド送信,地上給電停止,みごとな打上げ,ロケットからのSFU分離,直ちに給電開始。種子島より相模原にとってかえし,SFUが軌道上実験フェーズに入るのももどかしくイモリ水槽を昇温。卵の画像を宇宙で取得し,4月6日に実験を終了,シャトルとのランデブー直前まで試料の保存状態をモニターした。地上への帰還,そして21個のイモリの胚と判定される試料を回収。神経板の形成が認められる胚や,尾芽胚に達したと見られる胚もあった。図22は薄切した回収試料の一つで,後期桑実胚から初期胞胚期にある。外胚葉部の細胞層の形成や,予定内胚葉・中胚葉部の細胞像から,発生初期から宇宙環境に曝露しても発生の形態的変化は正常に進行したとみられる。このように,重力がなくとも胚軸が定まることは,発生に関する従来の説に大きな変更を迫っている。

(山下雅道)



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