No.185 |
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一瞬打上げ前の衛星かと見間違えるような金色の輝きを残したSFUが目に飛び込んでくる。去年種子島でロケットに収納される直前に,地上での再会を期して別れを告げた「やつ」との1年振りのご対面にしては意外にもめかし込んでいてそっけない。あれほど苦労してやっと地上に連れて帰って来たのに,こいつは昔からそこに居て当たり前のような涼しい顔をしてデンと鎮座している。
「何だ,この野郎。人の苦労も知らぬ顔して…」
胸の中でブツブツつぶやきながら近づく目の中に,突然飛び込んでくるむき出しになったあの太陽電池パネルの生々しい収納部,更に近づくにつれて金色の熱制御材の表面に薄く粉のようにかかった汚れ,ただれたような変色,そして見事な貫通痕を残した宇宙塵の衝突の跡の数々…。
「そうか,そうだよな。お前も宇宙で苦労したんだよな。頑張ったんだよな。」
熱制御材の荒れた表面をしみじみ眺める内にようやく懐かしさと,いとおしさが胸のうちにジーンと込み上げて来る。作業用手袋をつけて表面のあちこちを軽く触ってみながら,思わず主構体のフレームにかけた手に力がこもる。ビクともしない重々しさからは,あのシャトルから降りてきた映像で見た,宇宙空間にぽっかり浮かんだSFU,そして回収の時のマニピュレータアームで捕まえられた時に感じたSFUの軽さ,小ささがとても想像できない。
そばにいた白衣姿の作業者が近づいて話しかけてくる。
「これって,本当に宇宙を飛んで帰ってきたんですかね。実は種子島でこっそりロケットから降ろしておいて,適当に穴ボコあけて倉庫から引っ張りだして来てたりして…。まさか回収の時の映像は,NASAがCGか何かで合成したやつを送って来てたんじゃないすよね。」
「はは… 実はそうだったりして。」
馬鹿な会話でも交わさなければ,こいつが本当に宇宙を旅して帰って来たなんてとても信じられないのだ。
一人で周囲をゆっくり回りながら,心の中でSFUに話しかける。
「おい,ここじゃビクともできないほど重い図体をさらしているけど,宇宙じゃまるで紙風船みたいに軽やかで楽しそうだったな。もしかすると,ずっと宇宙を気楽に飛んでいたかったのかなあ。」
「そうなんすよ。身動きできない地上なんてちっとも面白くない。宇宙にいる方がずっと楽しかった。超ヘビー級の私だって宇宙に行けば一流のダンサー並の軽やかなステップをお見せしますぜ。」
そうか,そうだったのか。忘れもしない去年のクリスマス,巷のジングルベルの音色に合わせるように突然踊り始めたのは,宇宙で楽しくやっているから迎えに来るなんて無粋なことは止めてくれ,ということだったのか。
きっとそうに違いない。宇宙飛行士だけじゃない,衛星だって宇宙を飛ぶことが最高の喜びなのだ。
「よし分かった。手入れをしてきれいに化粧直しをすませたら,いつかきっとまた宇宙へ送りだしてやるからな。」
気のせいかSFUがうれしそうに小さく身震いしたように見えた。
(かわち・まさお,三菱電機鎌倉製作所宇宙システム部)
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