No.184
1996.7

ISASニュース 1996.7 No.184

- Home page
- No.184 目次
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- M-V事情
+ はじまりのはなし
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎

- BackNumber

彗星のはじまり

北海道大学    山本 哲生 


 多様な太陽系天体の内でも,彗星はとりわけ特異な天体である。惑星はほぼ同一平面内で,太陽を中心とする円に近い軌道を整然と回っているのに対して,彗星は天空の四方八方から無秩序にやって来るだけでなく,その軌道も一般に細長い楕円である。1光年近い太陽系の最果てから,放物線軌道に沿ってやってくる彗星も多数ある。また太陽に近づくにつれて,その姿かたちを変え,頭の部分にコマと呼ばれる大気を形成し,数千万キロメータにもおよぶ長い尾を伸ばす。

 彗星のこのような特異な振舞いもさることながら,そのもっとも重要な特性は,それが太陽系の「化石」天体であると言う点にある。彗星の本体である核には約46億年前に太陽系が形成されたころの記録が保存されている。核は,表面が「氷」で覆われた1000分の1汕ネ下の小さな塵粒子の集まりであると考えられている。塵の表面を覆っている「氷」の成分には,水だけではなく,もっと蒸発しやすい一酸化炭素やアンモニア,メタンなども含まれている。また塵には有機物も多く含まれている。

 一酸化炭素はすべての彗星で観測されているわけではないが,これが氷になる温度は摂氏マイナス250度くらいのきわめて低温である。比較的蒸発しにくいアンモニアにしても,摂氏マイナス100度程度以上では気化してしまう。いずれにせよ,彗星核の氷の組成は,彗星の生まれた環境がたいへん冷たい環境であったことを示している。46億年前の銀河系の暗黒星雲(分子雲)内の低温の塵が彗星の塵の「はじまり」である。

 分子雲はきわめて低温であるため,自らの重さを支えきれず,収縮しながら分裂を繰り返し,その分裂片の一つから,われわれの太陽系の母体となったガスと塵からなる回転円盤が形成された。この回転円盤は原始太陽系星雲と呼ばれる。惑星系形成の母体となるこのような円盤は,他の星のまわりでも多数発見されつつある。円盤の中では,やがてガス分子と塵粒子の分離が進み,ガス分子に比べて重い塵粒子は,しだいに円盤の中心面に集まり,塵に富んだ層が原始太陽系星雲の中心面付近に形成される。塵の層の密度が高くなると,今度は塵の層自体が自分の重さを支えきれなくなり,多数の塵塊(微惑星)に分裂する。微惑星は互いに衝突・合体し,惑星へと成長した。これが現在の太陽系形成論が描くシナリオである。

 原始太陽から遠く離れた領域では,成長時間が長くなるとともに,塵の量が少なかったため,微惑星は惑星サイズまで成長できない。原始太陽系星雲の外縁付近の低温低温で形成された未成長氷微惑星が,彗星の「はじまり」であると,筆者らは考えている。海王星などの大惑星付近で形成された氷微惑星の中には,惑星に接近したときにその重力によって軌道が曲げられ,太陽から遠く離れた領域に飛ばされるものも多数生じる。これらは太陽から1光年近くも離れたはるか遠くで太陽系を取り囲む彗星の群(オー ルト雲)を形成した。

 一方,海王星や冥王星より外側の領域で形成された氷微惑星は惑星に接近することもなく,長い間,安定に周回し続ける。これらの中には現在まで生き残っている微惑星も多数あっても不思議ではない。実際,この数年来,海王星の外側に半径100〜400キロメータの天体が30個以上発見されてきた。最初にその可能性を指摘したアメリカの天文学者カイパーにちなんで,これらの天体はカイパーベルト天体と呼ばれている(実際はそれ以前に,イギリスの天文学者エッジワースが提唱していた)。観測できる明るさの制限から,地上観測から検出されているカイパーベルト天体は,海王星のすぐ外側のものに限られている。われわれのモデルによると,現在までに観測されているカイパーベルト天体は,微惑星群の内端の少数群落に属する微惑星に過ぎない。より遠 方にはもっと多くの微惑星が棲息し,もっとも集中している群落は太陽から100〜200天文単位の距離にある。遠方のカイパーベルト天体が観測されるにつれて,われわれの太陽系に対する理解は,空間的にはもちろん,時間的にも太陽系の「はじまり」へと,より拡大してゆくことになるだろう。


(やまも と・てつお)


#
目次
#
東奔西走
#
Home page

ISASニュース No.184 (無断転載不可)