No.184
1996.7

<研究紹介>   ISASニュース 1996.7 No.184

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X線の観測からガンマ線の観測へ

   宇宙科学研究所  高 橋 忠 幸 


◆はじめに

 2000年の2月に鹿児島宇宙空間観測所から打ち上げが予定されているASTRO-E衛星は,「あすか」に続く日本で5番目のX線天文衛星です。私たちはこの衛星を使い,これまでにくらべて,『より高いエネルギ−分解能』と『より広いエネルギ−範囲』とで『より深い宇宙』を,探ろうとしています。
 ASTRO-E衛星には,3つの装置のひとつとして硬X線検出器(HXD)が搭載されます。HXDは,これまで日本の衛星で行われてきたX線に対して,10keVから600keVという高いエネルギ−のX線(硬X線)からガンマ線にかけてのエネルギ−領域で,これまでの衛星より一桁以上も感度のよい観測を行うことをめざしています。

 ガンマ線は,X線に比べて物質に対する透過力が大きく,またX線のように鏡を使って集光することが難しいので,十分な有効面積を得るためには,どうしても重い検出器が必要です。これまで日本の衛星は,きびしい重量制限のために大きな検出器,重い検出器を載せることができませんでした。M-Vロケットになり,1.5トンを超える衛星の打ち上げができるようになって,はじめて『より広いエネルギ−範囲』に向かって一歩ふみだすことができるようになりました。
 ここでは,私たちが,現在開発を行っているHXDについて話をします。


◆大気球実験にあけくれた年月

 1987年から,1996年に宇宙科学研究所に移ってくるまで,私は東京大学理学部において釜江教授や大学院の学生とともに,ガンマ線検出器を作り,大気球をつかって持ち上げる実験を繰り返していました。直径100Eもの大気球を用いると,1トン位の重さの検出器を高度40Hと,大気の影響をさけることのできる高度まで持ち上げる事ができます。実験を始めたきっかけは1987年に爆発が確認された超新星1987Aで,爆発によって作られた不安定な重元素が崩壊するときに出るガンマ線を直接測定しようとするものでした。その後,パルサ−や活動銀河核などガンマ線の領域まで放射がみられる天体の観測を行いました。最初の6年間はブラジルで,残りは三陸から,宇宙科学研究所の大気球グル−プのみなさんに助けていただきながら実験を続け,これまでに,私がかかわった大気球の数は10機にもなります。HXDはこうした気球実験を通じて改良を続けてきた装置が元になったものです。


◆重い検出器

 低いエネルギ−のX線と物質との相互作用は,光電吸収と呼ばれる過程が主であるため,天体からのX線を数十ミクロンの厚さのシリコンなどで止めて,そのエネルギ−を測定する事ができます。エネルギ−が高くなり,100keVをこえてガンマ線の領域にはいるとコンプトン散乱と呼ばれる電子との散乱が主体となります。光子はコンプトン散乱を繰り返しながらエネルギ−を失い,最終的に光電吸収を起こしてとまります。したがってガンマ線を止めるためにはそれなりの物質量が必要となります。HXDのように密度6.7K/B3という重い物質を検出器に使っても,1Bの厚さでは600keVで16%程度をとめる事できるくらいです。

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◆しっかりとシ−ルド

 気球や衛星を使って観測を行う場合,観測器の周囲にはガンマ線の他,陽子や中性子などがいろいろな方向にたくさん飛び回っています。それに対して,私たちが観測しようとする天体からのガンマ線の数は非常に少ないので,感度の高い観測を行うためにはまわりからのじゃまな信号(バックグラウンド)を効率よく落としてやらなければなりません。そのためにはシ−ルドが必要です。また,画像を作る事ができない場合には,ガンマ線が入ってくる方向を限るためのコリメ−タが必要です。検出器の場合と同じようにX線では,鉛のような原子番号の大きな材質で適当な厚さのシールドを作ってやることで,比較的簡単にバックグラウンドを落とす事ができます。ところがガンマ線の領域では,バックグラウンドの光子は,シ−ルドで散乱された後,抜けてしまう場合が多くなり,全部止めてしまおうとすると,必要なシ−ルドの重さがX線の場合に比べて非常に重くなります。一方で,重いシ−ルドを作ると,今度は宇宙空間を飛んでいる陽子や中性子がシ−ルドを構成している物質の原子核と衝突して,核反応を起こし,ガンマ線を何個も放出します。こうして出てきたガンマ線のエネルギ−が観測したいエネルギ−領域に重なるので,シ−ルドがバックグラウンド源になってしまうのです。

 このような状況で効率よくバックグラウンドを減らすために,このシ−ルド自体も放射線検出器にしてしまう方法がとられます。シ−ルドでガンマ線などが反応して,エネルギ−を失って外に抜け出るような事象をアクティブに検出して取り除いてしまおうというわけです。こうする事で必要なシ−ルドの厚さを最小にすることができるのですが,それでもシ−ルドが全体の重さのほとんどをしめてしまいます。

◆ASTRO-Eの硬X線検出器(HXD)

私たちは気球実験を通じて,バックグラウンドを低減化する工夫を続けてきました。その集大成が,図1に示す「井戸型フォスウイッチカウンタ」と呼ばれるものです。井戸型フォスウイッチカウンタではシ−ルド部を井戸型に加工し,その中に検出部を埋め込む構造になっています。この装置では小さな検出部が,そのほとんどの立体角をアクティブなシ−ルドによって囲まれるために,従来のものに比べてバックグラウンドを除去する性能が圧倒的にすぐれています。

 ASTRO-EのHXDではシ−ルド部をBGO,検出部をGSOという,共にこれまで使われた事のない密度の高いシンチレ−タで作ります。その二つを一体化したものを一本の光電子増倍管でよみだします。ガンマ線がシンチレ−タ内でエネルギ−を失った際に発生する光を,光電子増倍管を使って電気信号に変えて測定することで,エネルギ−を測定する事になります。BGOと,GSOとでは発生する光の減衰時間が異なりますので,信号の形を電気的に調べると,ガンマ線が検出部に入った事象だけを拾いだす事ができます。観測エネルギ−範囲は50keVから600keV程度です。一本のユニットだけでは大きな面積を得る事ができませんが,このユニットを図のように並べてしまう事で,低バックグラウンドの特徴を維持したまま面積を広げる事ができます。ひとつのユニットの検出部から信号があったとき周りのユニットに信号がない事を確認することができるので,ひとつだけ動かすよりもさらにバックグラウンドを下げることができます。重さは一ユニットが約5L,全部で16のユニットとその周りを取り囲む20本のシ−ルドや電子回路をあわせると装置全体では200Lに近い重さになります。

 ASTRO-Eには,マイクロカロリメ−タとX線CCDカメラに多層薄膜望遠鏡を組み合わせた0.5keVから10keVのX線を観測する装置が搭載されます。これらの装置と組み合わせて広いエネルギ−範囲を連続に観測するために、厚さ2@というこれまでにない厚さのシリコン検出器が2層,10keVから60keV程度の硬X線の検出のため,GSOシンチレ−タの上に置かれます。非常にバックグラウンドの低い環境の中で動作するシリコン検出器とGSOシンチレ−タとの組み合わせで,HXDは,10keVから600keVまでの範囲を感度よく測定する事になります。

図1 ASTRO-Eの HXDの断面図と上から見た図。16本の井戸型フォスウィッチカウンタと20本のアンチシールドからなる。井戸の中にはシリコン検出器のためのファインコリメータが装着されている。



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◆より高いエネルギ−へ

 ガンマ線は,光やX線で観測するのに比べて,より高密度で高温の部分,たとえばブラックホ−ルの中心に近い場所からの放射を観測する事ができます。また,より高いエネルギ−で観測を行うことによって,これまで見えなかった天体が新たに見えて来る事が期待されます。図2はNGC4945というセイファ−ト2型銀河のX線からガンマ線にかけてのスペクトルです。X線では「ぎんが」衛星ですでに観測がされており,非常に強い吸収のかかったスペクトルが観測されていました。これをガンマ線衛星「CGRO」で観測してみると,ガンマ線で,最も明るい活動銀河核のひとつであることが発見されました。このように厚い物質によって隠され,X線領域では暗いけれどもガンマ線領域では輝いているような天体がまだ沢山存在して,感度の高いガンマ線検出器を待っていると思われます。



図2 NGC4945のスペクトル(Done et al.,1996)



◆より広いエネルギ−範囲へ

 天体の中には電波からX線,そしてガンマ線と,広い範囲にわたってエネルギ−を放射するものがあります。こうした天体は宇宙の巨大な加速器が関与していると考えられています。図3はMkn421という変動の激しい活動銀河核のひとつが1995年にフレアを起こした時の光度曲線です。驚くべきことに光,X線そしてTeV(1012
eV)のガンマ線と13桁にもおよぶ波長範囲で,同時に変動が起こっていることがわかりました。これは非常に高いエネルギ−にまで加速された電子の数がある瞬間に一斉に増えたこと,X線は最も高いエネルギ−を持つ電子が出すシンクロトロン放射、TeVはそれと同じ電子が可視光の光子をコンプトン散乱で叩き上げたものとして説明できます。こうした現象を,よりきちんと説明するには,数10keVから数100keVというエネルギ−領域での感度の高い観測が是非とも必要です。

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図3 BL Lac天体Mkn421から観測されたフレア。光はRband(650nm),X線はASCAのSISO検出器,TeVはWhippleチェレンコフ望遠鏡の結果。X線,TeVともにこれまでで,最も明るい観測のひとつ。



◆おわりに

 HXDは純国産の検出器です。これをASTRO-Eに搭載するためには,東京大学の釜江研究室や牧島研究室,宇宙科学研究所,理化学研究所,大阪大学核物理センタ−,高エネルギ−物理学研究所など,様々な背景を持つ研究者チ−ムがメ−カ−の方々と協力しながら日夜開発にはげんでいます。本研究は,もともとは加速器を用いて高エネルギ−物理実験をしていたチ−ムがX線グル−プの協力を得て,ここまで発展させてきたものです。宇宙科学と高エネルギ−物理学というような二つの巨大科学の交流がこうした実験を通じて,より緊密なものになるとよいと思います。

(たかはし・ただゆき) 


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