No.181
1996.4

ISASニュース 1996.4 No.181

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地球のはじまり

東京大学理学部    阿部 豊 


 「地球の始まり」というのは,そもそもいつのことなのだろうか。一番単純なのは 「地球のはじまり」を地球が現在の質量とほぼ同じになったときであると考えることであろう。最近の惑星形成論では地球は微惑星と呼ばれる小天体の衝突合体によって形成されたと考えられている。それによると地球が現在の質量とほぼ同じになるまでには,微惑星形成から数百万年から一億年程度かかったとされる。隕石などの年代から太陽系ができたのは遅くとも 45.66 +0.02/−0.01 億年前であるとされているから,地球の「はじまり」は 45.7 億年前から44.7 億年前のことと推測されることになる。これは理論的な推定だが,過去に鉛同位体比などから得られた「地球の年齢」と矛盾はしていない。

 では,「はじまり」のときの地球は一体どんなものであったのだろうか。とりわけコア・マントル,そして地表面はどのような状態であったのだろうか。

 地球上で最も古い岩体としては今のところ約40億年前のものまでしか知られていない。したがって地質学的方法を直接適用して「はじまり」の時の地球の状態を明らかにすることはできない。ここでは惑星形成の理論に基づいて想像をしてみる。

 地球は金属鉄と岩石の混合物として形成されたと考えよう。金属鉄と岩石の分離がコアの形成であるが,これは地球形成と同時進行というのが考えやすい。その理由は,地球が火星サイズ(地球質量の約1/10)以上に大きくなると,微惑星の衝突速度が十分に大きくなって,衝突による衝撃加熱で微惑星と原始地球の双方の融解が起こると考えられるからである。このために微惑星の衝突地点にマグマの池ができることになる。微惑星の中に含まれている金属鉄はこのマグマの池の中で分離して沈み,マグマの池の底に金属鉄がたまると金属鉄の大きな塊となって,雫状に地球の中心に落ちていくと考えられるのである。このプロセスは地球が火星サイズ以上になるとずっと続くから,コア形成が地球形成と同時進行ということになる。したがって「はじまり」の時点でコアはほぼ現在の大きさになっていたことになる。

 「はじまり」の時点でのマントルは現在よりも温度が高く,少なくとも部分的には 融解していたであろう。微惑星の衝突によってマグマの池ができることは既に述べたが,地球の形成過程では頻繁な衝突や原始大気の保温効果によってこれらの池がつながり,マグマの海ができていた可能性がある。マグマの海は一度できると固まるまで少なくとも1〜2億年くらいはかかりそうだから,「はじまり」の時点ではまだ固まっていなかった可能性が高い。

 地球がほぼ現在と同じ大きさにまで成長した後でも,数億年間にわたって微惑星の衝突頻度は著しく高かったはずである。これは月や火星の古い地殻に存在するクレーターの数からの推定である。既に述べた衝突による融解はこの時点でも重要な要素である。しかし,融解したことで岩石の化学的な分化が進行し,地殻の岩石が抽出されたのか,それとも混合の効果が卓越したのか,どのような効果を持っていたのかははっきりしない。

 地球形成過程で何らかの大気は既に形成されていたはずである。十分な量のH2O が 地表にでていれば,海もあったはずである。ただし大気の組成や量は現在のものとは違っていたであろう。これは単に生物がいない間は O2 が大気中に存在しないと言うだけではなく,地球形成過程で金属鉄と反応したり,原始太陽系星雲のガスと反応したりしたために,もっと還元的であった可能性があるからである。一酸化炭素や,場合によってはメタンもかなり大量にあったかもしれない。還元的な大気は基本的には水素が失われることで酸化的なものに変化していったはずである。

 以上,定性的に「はじまり」の時の地球像を想像してみた。基本的な地球の層構造:コア・マントル・海・大気は「はじまり」の時点で既に存在していたと考えて良さそうである。しかし,その状態は今とは少し違っていて,微惑星の衝突で頻繁に地表が掘り返されていたり,大気の組成は還元的であったり,ということがありそうなのである。

 地球の「はじまり」を考える上で問題なのは,なんといっても観測事実が少ないことである。しかし最近では,岩石が直接残っていない時代のマントルの状態を反映しているような同位体比のデータが徐々にでてきている。例えば古い岩石の Nd の同位体比などは、その岩石より古い時代のマントルの岩石の融解による化学的な分化を反映している。地球の「はじまり」の今後の課題はそのような地球化学的な情報と,理論的な推定をいかに結びつけるかに集約されるだろう。

(あべ・ゆたか) 


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