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巨大ブラックホールの失われたスピン

ブラックホールの性質は、質量、スピン、電荷という3つの物理量で表現されることが知られています。このうち質量はブラックホール周辺の星やガスの運動から測定されています。スピンもいくつか測定されていて、不確定要素が多いものの、巨大ブラックホールのスピンは大きな値を持つと今まで考えられていました。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部の加藤成晃(かとう・よしあき)研究員を中心とする研究グループは、これまでの測定方法の問題を解決するため、ガスがブラックホールへ落下する時にできる回転ガス円盤(降着円盤)の共振現象に由来する光度変動を測定することでブラックホールのスピンを求める新たな方法を考案し、銀河系の中心にある巨大ブラックホール「いて座A」のスピンを求めることに世界で初めて成功しました。

巨大ブラックホールのスピンの値は多くの研究者の予想よりもかなり小さいもので、巨大ブラックホールの自転エネルギーが抜き取られて、宇宙ジェットなどの他のエネルギーに転換された可能性があることを示しています。

なお、この成果は2010年3月発行のイギリスの学術雑誌"Monthly Notices of the Royal Astronomical Society"の第403巻の第1号に掲載されます。

詳細説明

ブラックホールとそのスピン

光をも飲み込むブラックホールには、太陽の30倍程度以上の重さの星が超新星爆発を起こしたあとに残される恒星質量ブラックホールや、銀河の中心にある巨大ブラックホール[注1]などがあります。これらのブラックホールの性質は、質量、スピン、電荷という3つの物理量だけで完全に決まります。ブラックホールの質量は、その周りにある星やガスの運動から測定されています。例えば銀河系の中心には「いて座A(エー・スター)」(あるいはSgr A)という強い電波源がありますが、そこには太陽の4百万倍もの質量を持つ巨大ブラックホールがあると考えられています。しかしこの巨大ブラックホールがどうして生まれたのかは謎だらけです。

一方で、ブラックホールのスピンは周囲の時空に影響を与えますが、その効果が顕著に現れるのはブラックホールのごく近傍に限られています。現在の観測装置では、ブラックホールの見かけの大きさが小さすぎて、スピンの有無でさえも時空構造から区別しにくいのです。そこで多くの研究者が知恵をしぼり、ブラックホールの近くから放射される光の性質を使ってスピンを求めていましたが、不確定性が多いため問題となっていました。そこで別の方法でスピンを測定する必要がありました。もしスピンが測定できれば、巨大ブラックホールが誕生した謎を解明するための手がかりが得られるからです。

スピンの表現方法

いろいろな質量のブラックホールのスピンを比べる際には、ブラックホールの全角運動量(J)ではなく、スピンパラメーター(a=Jc/GM2)という指標を用います[注2]。ここでcは光速、Gは重力定数、Mはブラックホールの質量で、ブラックホールが自転していない場合にはaは0となり、ブラックホールが極限まで自転する場合にはaの絶対値は1になります。

ブラックホールのスピンの新しい測定法

宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部の加藤成晃(かとう・よしあき)研究員を中心とする研究グループは、巨大ブラックホールのスピンを測定する新たな方法を考案しました。この方法は、ガスがブラックホールへ落下する時にできる回転ガス円盤(降着円盤)の共振現象[注3]を用いるものです[補足1]

ブラックホールは光をほとんど出さないために直接観測することは困難ですが、その周囲にはブラックホールを取り巻く円盤(降着円盤)があり、ガスがブラックホールの周りを回転(公転)しながら中心に向かって落ち込んでいきます。ガス同士の摩擦によって高温に加熱された降着円盤は、電波からX線・γ線に至るさまざまな電磁波を放射します。

ブラックホールの周りを公転するガスに、公転と異なる方向の運動が乱れとして加わると、元に戻そうとする復元力が生じ、一種の振動現象が現れます。「エピサイクリック運動」と呼ばれるこの振動は、ガスが1公転した時にこの振動が元の状態に戻るような関係(共振関係)にあるときには強め合い、乱れが大きくなります。特に、ガスの公転周期と乱れのエピサイクリック運動の周期が整数比1:2になる半径では強い共振が生じます(図参照)。この共振が起こる半径は、ブラックホールの半径の数倍以内ですが、降着円盤の広い範囲が振動するため、さまざまな波長の電磁波に対して、ガスの公転と一致した周期をもつ光度変動として観測されます。今回、この公転周期に対応する光度変動を特定することに成功しました[補足2]

公転周期は、ブラックホールの質量とスピンによって変化するので、この関係式を逆に解いてスピンを求めるのです。具体的には、ブラックホールの質量M、光度変動の振動数νを測定し、共振半径Rとスピンパラメータa=c3([(2πνGM)-1-(R/GM)3/2]の連立方程式を数値的に解いて、ブラックホールのスピンを求めています。

銀河系中心の巨大ブラックホールのスピンの測定

スピンの新しい測定方法を、銀河系の中心にある巨大ブラックホールであるSgr Aの光度変動の測定結果に適用したところ、a=0.44±0.08と、多くの研究者の予想に反するかなり小さな値が得られました。これは自転速度に換算すると光速の22%に相当します。

恒星質量ブラックホールが巨大ブラックホールへ成長するには、回転する降着円盤を通じて莫大な質量のガスと膨大な角運動量を吸い込むため、巨大ブラックホールのスピンは大きくなるはずです。ところが今回得られた値は恒星質量ブラックホールで測られていた値と大差ありません。なぜ巨大ブラックホールのスピンは小さい質量のブラックホールに比べて大きくならないのでしょうか。

巨大ブラックホールのスピンが小さい理由

巨大ブラックホールのスピンが大きくならない理由として、2つの可能性が考えられます。一つは、回転軸の向きに対して右回りと左回りの角運動量を絶妙な具合に吸い込んだ場合。もう一つは、ブラックホールの自転のエネルギーが抜き取られた場合です。ブラックホールの自転エネルギーを効率良く抜き出す物理機構として、1977年に提唱されたブランドフォード=ナエック機構[注4]が研究者の間で知られています。そこでブラックホールが「獲得する自転エネルギー」と「損失する自転エネルギー」が釣り合う時のスピンを計算してみると、測定結果に近いことが分かりました。つまり巨大ブラックホールの自転エネルギーが抜き取られた結果、スピンが小さくなったと考えられるのです。それでは自転エネルギーは何に使われたのでしょうか。

Sgr Aだけでなく、あらゆる銀河の中心には巨大ブラックホールが存在すると考えられています。この巨大ブラックホールの自転エネルギーは、宇宙ジェット[注5]のような銀河の中心で起こる爆発現象のエネルギー源になると考えられます。光速に近い速度で噴出する宇宙ジェットは、銀河の星形成活動だけでなく、他の銀河の形成活動にも影響を与えます。将来、他の銀河中心にある巨大ブラックホールのスピンを測定することによって、巨大ブラックホールの成長とともに、私達の住む宇宙がどのように進化してきたのかを知る重要な手がかりが得られることでしょう。

原著論文

論文名:

「天の川銀河中心の超大質量ブラックホールのスピン測定」
原題:"Measuring spin of a supermassive black hole at the Galactic centre -- implications for a unique spin")

著者:

加藤成晃(JAXA宇宙科学研究本部)、三好真(国立天文台)、高橋労太(理化学研究所)、根來均(日本大学)、松元亮治(千葉大学)

URL:

新しいウィンドウが開きます http://arxiv.org/abs/0906.5423
※詳しい解説は、新しいウィンドウが開きます http://www.isas.jaxa.jp/home/solar/bh-spin/

用語解説と補足

[注1]巨大ブラックホール

専門家は、(超)大質量ブラックホールと呼びます。恒星質量ブラックホールの大きさは数十キロメートルよりも小さいのですが、太陽の4百万倍もの質量を持つブラックホールの大きさは、およそ0.1天文単位(1天文単位は太陽と地球の間の距離)にもなるため、巨大ブラックホールとも呼ばれます。

[注2]角運動量

回転運動の能力を示す物理量です。重力以外の摩擦などの力が働かない場合は、角運動量の大きさは常に一定です(角運動量保存の法則)。スピンは単位質量当たりの角運動量を表します。スピンパラメータは、スピンの値を一般相対性理論で許されるブラックホールのスピンの最大値で規格化したものを表します。

[注3]共振現象

身近な例を挙げると、水道の蛇口から勢いよく水を出すと、甲高い音がします。これは水流によって生じた音波が、水道の管と共振して生じる共振現象の一つです。このように自然に生じる共振現象を自励振動とも呼びます。降着円盤で生じる自励振動は、現在、研究が盛んに進められています。

[注4]ブランドフォード=ナエック機構

1977年にブランドフォードとナエックによって提唱された、ブラックホールの自転エネルギーを電磁相互作用で抜き出す物理機構です。

[注5]宇宙ジェット

様々な天体からガスが高速で噴出する現象です。活動銀河中心核から光速で噴出する宇宙ジェットの長さは、数百万光年に達するものもあります。

[補足1]

降着円盤の共振現象からスピンを測定するという試みは、1993年以降、国内外で行われています。この方法の不確定要素は、どの光度変動がどの周期に対応するのかを特定する部分にあります。

[補足2]

降着円盤が共振する周期は、一つだけではありません。したがって観測された光度変動がどの周期に対応するのかを見極める必要があるのです。

図内の用語

ケプラー振動数

ブラックホールの周りをガスが公転する周期に対応する振動数です。

エピサイクリック振動数

ケプラー回転運動するガスが、周回軌道からわずかにズレで振動する時の振動数です。右図のケプラー運動(点線)とエピサイクリック振動(実線)の軌道を参照。

2010年3月8日

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