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「はやぶさ」のいちばん長い日

2005年11月27日
JAXA宇宙科学研究本部
対外協力室長 的川 泰宣

「はやぶさ」が、月以外の天体表面からのサンプル採取という輝かしい快挙を成し遂げたことは、ほぼ間違いありません。日本にこのような若者たちを持っていることを、私は心から誇りに思います。以下は、「その日」の実況です。

あの11月20日、私は、セーフモードで100kmの彼方まで飛び去った「はやぶさ」のデータを悪夢のような思いで見つめていました。しかし「はやぶさ」チームには悪夢を見る暇さえなかったのです。一週間かけて突貫オペレーションでスタートラインに戻しました。

11月25日、日本時間の午後10時頃、1kmの高度あたりから降下を開始しました。5回目のクライマックスの予感。しかし一つ一つの作業の成功が喜びにはつながりません。もうそんな気分ではないのです。めざすはひたすら表面のサンプルをゲットすること。「はやぶさ」運用室の雰囲気はそんな決意に満ち溢れており、つい先日までは一喜一憂したオペレーションの細目が、ごく当たり前のように処理されていきます。確かに日本の惑星探査は、数日で新しい段階を向かえたのだ──そんな実感がヒシヒシと私の胸にしみこんできました。

光学航法で誘導された「はやぶさ」は、午前6時頃、垂直降下に移行しました。イトカワ表面の「ミューゼス海」と名づけられた地へ、重力に沿って移動していくのです。このフェーズにはいると基本的に地上からはリモートコントロールしません。「はやぶさ」自身が自分の甲斐性で動いていきます。まあ、その甲斐性は人間が与えたものですが。

「チーム」は、降りていく先が先日の88万人のターゲットマーカーを着地させたところと非常に近いことに気づいていました。ここでもう一つターゲットマーカーを落とすと、フラッシュランプを浴びせたときに複数の「ターゲット」を認識して混乱するのではないか。しかも先日のオペレーションで得た自信は、「ターゲットマーカーなしでもある程度の横方向の誘導はできるのではないか」と囁いていました。実はイトカワの地面から、88万人の声が「私がここにいれば大丈夫。安心して降りていらっしゃい」と語りかけていたのかもしれませんね。と言うと、これはちょっと詩的過ぎますが……。

今日は新しいターゲットマーカーを落とさないことになりました。かくて、午前6時52分、オペレーション上はやらなければならないターゲットマーカーの発射シーケンスが「仮に」発行されました。そのときまではすでに88万人ターゲットマーカーは「はやぶさ」のカメラによって発見されていました。

午前6時53分、高度35m。4.5cm/秒で降下中の「はやぶさ」は、レーザー高度計(LIDAR)の使用を予定通り停止しました。2分後に近距離レーザー高度計(LRF)使用を開始しました。川口プロマネを中心とする「はやぶさ」チームは、担当者がLRFによる測定値を読み上げる声に耳を澄まします。

LRFからは4本のビームが発射されて、それぞれイトカワ表面からの距離を測ります。二本のビームだと線しか分かりませんが、3本だと面が決定されます。つまりイトカワ表面がどのような傾斜をしている面であるかが分かるのです。4本になれば面決定の精度が増しますし、もし1本が故障したときにも備えることができます。

LRF担当者が22mを叫んだ時点で、最低高度は17m、最高高度は35mでした。「随分傾斜しているな」……誰ともなくつぶやきます。着陸地点の傾斜が60度を越えると、「はやぶさ」はサンプリング・シーケンスに入ることをやめ、直ちに上昇を開始してセーフ・ホールド・モードに入ります。しかしまだその決断のときではありません。

午前7時、高度14m。ホバリング。イトカワ表面の地形にならうモードに移りました。「はやぶさ」の垂直軸(Z軸)を表面の傾斜と垂直になるよう姿勢の制御を行うのです。地上局と「はやぶさ」の会話は、テレメトリ送信からビーコン運用へ移行しています。ここからはさまざまなデータの乗らない搬送波だけ、つまりドップラーデータのみが送られてきます。固唾を呑んでドップラーデータを見つめながら、LRFからの怒号を聞く「はやぶさ」首脳陣。

午前7時4分、LRFは、距離測定モードから、サンプラー制御モードへと変更されました。今回は、たくさんあった着地・サンプラー起動阻止のガードを3つに減らして、シーケンスの継続を重視するようにパラメータが組んでありました。これまでの苦しい数日の経験から得た教訓がただちに反映されるこの機動性は、数十年の科学衛星の運用で培われた宝物のような遺産です。川口チームの絵に描いたような手さばきです。

その3つの障害とは、1.LIDARがイトカワを見失った時、2.LRFの4本のビームのうち2本が距離測定不能になった時、3.地形にならう姿勢制御の量が60度を超えた時、の3つです。前回のサンプリング阻止の原因となったファンビームセンサー(障害物検出センサー)については、前回はもっとも感度が低いという設定で挑んだのですが、それでも障害物が検知されてしまったので、これによるミッション・アボートの線はなくしました。実は、今回も、地形にならう姿勢制御の後、障害が検出されています。それでもアボートせずに降りたわけですね。同じ過ちは繰り返さない──見事な対応です。

ドップラーだけの頼りない状態から、やがてイトカワ表面から上昇した「はやぶさ」は、ゴールドストーン局とのハイゲイン(高利得)による太いリンクを回復しました。スタッフの注意は、管制室の1台のモニターに集中します。LRFはサンプラーの形の変化を検出して、弾丸発射を含む一連のサンプリングの信号をコンピューターから発信させます。発信していれば、モニターに“WCT”、そうでなければ“TMT”と表示されるはずです。

息を呑む視線──午前7時35分、パラパラと表示が塗り替えられる画面の右下に“WCT”の緑の3文字がくっきりと浮き上がりました。「やった、WCT!」橋本樹明サブマネの喜びの声。どよめく管制室。この瞬間、日本の惑星探査が金字塔を打ち立てたことが確認されたのです。「まだ分からないよ、火工品が炸裂したかどうかとか、いろいろあるからね」──周囲の興奮を冷静に抑制する川口プロマネ。しかしその表情が緩んでいることは私の目には分かります。

私はここ2週間、厳しい取材をしてくれた記者さんたちの待つプレスルームに早くこのことを知らせてあげたくて、思わず固定カメラに向かってVサインをしていました。ちょっと年甲斐がなかったかな?

弾丸は、0.2秒の間隔をおいて2発発射されています。サンプル採取量を増やすためです。LRFはサンプラーの縦方向か横方向の変化を検出するのですが、今回は横方向の変化を検出したようです。着地速度は10cm/秒、サンプラーホーンはその時に10cmほど縮みます。そこから離陸までの時間は約1秒です。弾丸発射は午前7時7分(探査機の日本時間)でした。

午前8時35分、運用が臼田局に切り替えられました。臼田でデータ再生を開始。午前11時前に化学推進エンジンにトラブルが発生。実は接近降下中に予兆と思われる事柄が発生していたのですが、バックアップ系に切り替えて運用していました。バックアップから再度主系統に切り替えて噴射を行ったところ、またまた同じトラブルが発生しました。再び運用室に立ち込める暗雲。繰り返し繰り返し見てきた光景です。しかし、やはり「はやぶさ」は不死鳥でした。きちんとセーフ・ホールド・モードに入りました。

その後、地上からバルブを操作して、スラスターのトラブルは鎮静しました。このトラブルについて、川口プロマネはコメントしました。「何が起きたかは現状ではわかりませんが、トラブルが起きているというのは単調な宇宙空間を飛んではいなかったということです。宇宙空間だけを飛んでいては起きようがないということは、違う天体に降りた証拠といえるのではないでしょうか。このトラブルは着陸の勲章と考えたいです。」この発言の中に窺われる負けじ魂と楽天性を、どうか深いところで感じとっていただきたいと思います。これこそが、今回の快挙の基盤になった精神です。

「はやぶさのいちばん長い日」が終わりました。この日の着陸は、前回と近い地点を狙って誘導しました。結果的には多少前回の着陸地点から離れている模様ですが、前回の着陸が非常によいレファレンスになっていて、精度良く「はやぶさ」は導かれました。創意工夫をして誘導制御のための様々なツールを準備してきた「はやぶさ」チームの勝利でした。リハーサル2回プラス1回、タッチダウン2回という経験は、何物にも換えられない実践的収穫でした。リアクション・ホイール2基の故障を受けての苦闘の中で、リハーサルで数センチの制御をしていたチームは、本番ではまさしく数ミリの制御をしていました。それを日常運用のように遂行している運用室の若者たちを見ながら、私は確かに今、このグループが新しい時代を切り拓きつつあることを感じました。記者会見で川口プロマネが述べたように、「誘導航法の精度確保がポイント」だったことは明らかですね。

今後、3日ほどをかけて、セーフ・ホールド・モードからの立て直しを行います。立て直しを優先させて、その後にデータを降ろすオペレーションが開始されます。もし火工品の作動がテレメータで確認され、最終的に弾丸発射が分かり、その発射のときに「はやぶさ」の姿勢が地面に垂直だったことが証明されたら、チームは最後のサンプリングのトライアルはやめて、地球帰還をめざすことになるでしょう。そのための燃料などのチェックもすでに始まっています。そこから「小惑星サンプルリターン」という登山の8合目からの挑戦が開始されます。

これからも「はやぶさ」の経過はご報告しますが、この日まで数々の喜びと励ましをお寄せいただいた日本と世界の多くの方々に深く感謝します。皆様のメールの内容はことごとく「はやぶさ」チームにお届けしました。その声援がどんなにチームのパワーに変換されたか、図り知れません。有難うございました。

2005年11月28日

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