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火星探査機「のぞみ」にお名前を託された27万人の人々への手紙

 1998年7月に地球を後にし、5年余にわたって皆様のお名前とともに太陽系空間を旅した「のぞみ」は、チームの健闘もむなしく、2003年12月9日(火)午後8時30分の時点で不具合の箇所を修復することができなかったことを確認し、火星周回軌道への投入を断念せざるを得なくなりました。そこで、同日午後8時45分から9時15分まで、火星への衝突確率を下げるための軌道変更のコマンドを打ちました。その結果「のぞみ」は、12月14日に火星の表面から約1000kmのところを通過し、12月16日には火星の重力圏を脱出して、再び皆様のお名前とともに太陽を中心とする軌道上の旅を続けることになりました。

 日本初の惑星探査機として、超遠距離通信、軌道制御、惑星探査機の設計・運用技術をはじめとする数々の貴重な経験を私たちに与えてくれた「のぞみ」の成果は、2003年5月に打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」に全面的に活かされておりますし、今後の日本の太陽系探査に大きな寄与をしてくれることでしょう。
 とはいえ、搭載した科学観測機器は、惑星間空間にある間に、ホームページにご報告したようないくつかの観測成果をあげはしたものの、当初の目的を果たすことができませんでした。断腸の極みであります。そして何よりも皆様のお名前を最終目的地である火星に送り届けることのできなかったことを、心からお詫び申し上げます。

 振り返りますと、あの「あなたの名前を火星へ」というキャンペーンを展開した当時、皆様のお名前を送っていただいた葉書の1枚1枚に記されたメッセージは、そこから27万人の方々のお名前を切り取る気の遠くなるような作業に従事した研究所の職員・大学院生に、深い感動を呼び起こし、宇宙と太陽系の謎に挑戦する私たちの事業への圧倒的な共感を伝えていただきました。
 「いつまでもおじいちゃんといっしょにいたい」と書いた5歳(当時)の男の子の書いた葉書には、2cm×6cmの四角の中に、おじいちゃんとお孫さんのお名前が可愛らしくたどたどしい字で書き入れられておりました。「昨年亡くなった私の1歳の赤ちゃんの名前です。本当の星にしてやってください」と書かれた葉書には、お子さんをなくされたお母さんの切々たるお気持ちが暖かく込められておりました。私はこのキャンペーンの発案者として、寄せられた葉書に1枚残らず目を通しました。
 皆様の一人一人の生活と人生模様を反映した有り難いメッセージは、宇宙科学研究所(当時)の私たちに、「宇宙をともに感じることのできる無数の友人がいる」ことを実感させ、自信をもって前進するための勇気を与えてくれました。
 また、修復オペレーションが最後の山場にさしかかった2003年の秋から12月にかけては、「がんばれ、のぞみ」の熱い激励のメールや電話をたくさんいただきました。それらの暖かい励ましが、「のぞみ」との会話を復活させようと奮闘をつづける「のぞみ」チームを、どんなに元気づけてくれたことでしょう。

 最終目的はかないませんでしたが、今後も「のぞみ」チームは今しばらく修復の努力を続行します。それがどのような結果になろうとも、私たちの仲間が丹精をこめて作り上げた日本最初の惑星探査機は、皆様のお名前と一緒に、半永久的に太陽の周りを運動しつづけるでしょう。その道行きが、天にあって私たちの未来を見守り、地球に住むすべての生き物と私たちの愛する日本を励ましてくれることを願いつつ、27万人の皆様へのお礼とお詫びの言葉に代えさせていただきます。皆様、本当に有難うございました。これからもよろしくお願いいたします。

宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究本部(旧宇宙科学研究所)
対外協力室長 的川 泰宣

2003年12月10日

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