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火星探査機「のぞみ」最新情報

1998年7月に鹿児島県内之浦の発射場から M‐Vロケット3号機によって打ち上げられた日本初の惑星探査機「のぞみ」が、昨 年4月に発生した不具合との闘いを続行しています。多くの方々から寄せられている 質問を中心に、Q&A形式でその現状をお伝えします。

Q 「のぞみ」の修復オペレーションはまだ成功していませんか?

A 残念ながら、12月9日午前10時現在、修復しておりません。

Q 「のぞみ」が最終的に火星を回るかどう かは、いつごろはっきりするのですか?

A 現在のオペレーションは2段階の展開が予想 されます。

1)12月9日までに通信系・熱制御系機能が復旧した場合
火星周回軌道投入に必要な作業を予定通りに行います。その順序は、 探査機の姿勢を決定し、必要な姿勢変更を行う→探査機の軌道を決定し、軌道変更を 行う→火星周回軌道投入

2)12月9日までに復旧しなかった場合
火星に最も近づく点(近火点)の高度をさらに遠ざけるため、軌道変 更を行います。

Q このまま何もしなければ、「のぞみ」は どこへ行くのですか?

A 現在の軌道に沿って進むと、火星への最接近 時刻は12月14日午前3時19分(日本標準時)で、火星表面から894kmのと ころを通過します。このまま何もしなければ、「のぞみ」は近火点を通過後、火星中 心の双曲線軌道をたどって、やがて火星の重力圏を脱出し、太陽中心の軌道に入りま す。そしてそのまま半永久的に太陽中心軌道の旅を続けることになります。

Q 12月9日までに復旧した場合、予定していた観測はで きるのですか?

A 12月2日までに復旧すれば、予定通りの火 星周回軌道に投入できるので、観測も予定通りに実行できます。もし12月2日まで に復旧できない場合は、復旧が遅くなればなるほど火星周回軌道が予定から少しずつ 外れてくるので、科学観測計画の見直しが必要になってきます。

Q 一部の報道で「"のぞみ"が火星に衝突する」 と報じられましたが、本当ですか?

A それは正確ではありません。現在「のぞみ」 は火星への最接近距離が894kmになる軌道を運動しています。ただし、探査機の 軌道決定には一定の誤差が含まれており、ぴったり894kmのところを100%確 実に通過する保証はありません。1%の確率で火星に衝突する誤差は排除できませ ん。これまでの軌道制御の実績から見て、私たちは火星に衝突する可能性はまずない と考えています。

Q なぜ「のぞみ」が火星に衝突してはいけないのですか?

A 火星には生命が存在している可能性が あり、それを探査する努力を人類は続けています。その生命探査への影響を避けるために、宇宙科学関連の研究者組織である国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)から「特 別な処置を施していない火星周回衛星に関しては打上げ後20年以内に火星に落ちる確 率を1%以下にするという方針」( COSPAR planetary protection policy )が出されているので す。私たちは、研究者として、可能な限りその方針を遵守する道義的責任があるた め、もし科学観測が不可能となった場合は、せめて「1%の確率」をさらに下げるため軌道変更をして、火星への最接近距離を遠ざけようとしているのです。

Q 「のぞみ」打上げのすぐ後で、何か不具合が起き たと聞いたことがありますが…

A 1998年7月、M−Vにより打上げ た後、しばらく地球を周回した「のぞみ」は、二度にわたって月の重力を使って軌道 を変更するスウィングバイを行い、さらに1998年末に地球のスウィングバイを行 いました。スウィングバイとは、天体の重力と運動エネルギーを利用して速度と方向 に大幅な変更を加える技術です。燃料をほとんど使わないので省エネルギーの航法を 実現することができ、惑星探査においては必須のテクニックとなっています。  1998年12月20日の地球スウィングバイは、最終的に 地球重力圏を脱出するためのもので、単に地球の近くをそのまま通り過ぎるだけでな く、制御エンジンを噴かす「パワー・スウィングバイ」でした。その際、制御用メイ ンエンジンの酸化剤を送るシステムの一部に不具合が生じるという事態に見舞われま した。そのため厳密に計算され計画されたタイミングでの速度追加に不足が生じ、 「火星にどうしても到着しなければ」という願いを込めて再度の噴射が行われました が、これによって制御用燃料を使いすぎたことが判明しました。そのまま火星に接近 する予定の1999年10月に制御エンジンを噴かしても、燃料不足のため、計画し た火星周回軌道に「のぞみ」を投入することは不可能になる見通しとなりました。

Q どのようにしてその最初の不具合を乗り切ったのですか?

A 問題が明らかになった1998年のクリスマス の頃、宇宙科学研究所のミッション解析グループの苦闘が始まりました。惑星探査の 場合、相手は猛スピードで動いている物体です。道半ばにしてこ ちらの道筋を変更することは非常に難しいことです。問題は、軌道計画を変更するこ とによって燃料不足を補う方法はあるのかということでした。

一般に、いったん軌道に送られた衛星は波乱万丈の一生を送 ります。無傷で全く何の問題もなく活躍して天寿を全うする衛星は、おそらくこの世 に一つも存在したためしはないでしょう。何か事が起きたとき、その「事の致命性」 が最も重要なファクターであることは論を待ちませんが、人間業に属する事柄であれ ば、衛星チームのリーダーの指導性と班員の高い能力と献身性こそが、問題を乗り越 えられるか否かの大きな分岐点となることは疑いありません。どんなに順調に素晴ら しい業績をあげた衛星や惑星探査機でも、その主要なスタッフに訊ねてみると、とて つもなくピンチな状況をいかに英雄的に乗り越えてきたか、わくわくするようなエピ ソードを語ってくれるに違いありません。

「のぞみ」については、今回の危機を除けば、最も危機的 な状況の訪れたのが、この1998年の暮れでした。宇宙科学研究所のミッション解 析グループの死に物狂いの格闘が始まりました。グループは1998年の年末と19 99年の年始を返上して懸命の「新軌道発見」に取り組みました。そして白々と19 99年の扉が開いた頃、ついに探し求めていた軌道が見つかったのです。このまま 「のぞみ」を太陽中心軌道に放置し、さらに二度の地球スウィングバイを敢行して軌 道を変更すれば、2003年の暮れには、予定した火星周回軌道を達成できることが 分かったのです。頭脳とコンピュータを駆使した不眠不休の、一糸乱れぬ奮闘の勝利 でした。

こうして、「のぞみ」グループは軌道を変更し、火星への 到達を1999年10月から2003年12月に変更することとしました。ただし問 題点がないわけではありません。「のぞみ」はすでに惑星間空間にあって、太陽中心 軌道上にありました。4年間の長きにわたって太陽中心軌道に探査機を回しておいて 大丈夫だろうか。衛星システム・グループの厳密な検討が行われました。そして「不 慮の事件がおきない限りシステムとしては大丈夫」ということが確信され、「のぞ み」は予想を超えた長旅のモードに移りました。

「のぞみ」の新軌道計画

「のぞみ」の新軌道計画

Q その待ち時間の間、「のぞみ」は何もしないで 太陽の周りを回っていたのですか?

A ただ飛んでいるだけでは面白くありま せん。搭載機器のチェックも兼ねて、「のぞみ」は太陽系空間にあっていくつかの重 要な観測を行う計画を立てました。

まず、「のぞみ」の紫外線撮像分光計は、惑星間空間の水素ライマン・アルファ光を測定しました。太陽が出す水素ライマン・アルファ光は、惑星間空間に漂っている水素原子(中性)によって散乱され、惑星間空間を光らせます。それはまるで、地球を包む空気の粒子が太陽の光を散乱して美しい青空を演出している事実を連想させます。この水素はどこから来るのでしょうか。その源は星間風と呼ばれる銀河系の中の物質の流れです。星間風は太陽に近づくと太陽からの紫外線と太陽風のエネルギーによって電離します。電離した水素原子はもはや水素ライマン・アルファ光を散乱しなくなります。電離によって密度が低くなった星間風は下流方向へ流れていきます。したがって水素ライマン・アルファ光は星間風が吹いてくる方向で明るく、その反対の方向では暗く見えるのです。「のぞみ」による惑星間空間の水素ライマン・アルファ光強度分布から、その変動の原因となる太陽風の性質が研究されています。

惑星間空間水素ライマンα光強度分布

惑星間空間水素ライマンα光強度分布

地球の電離圏からは常に電荷を帯びた粒子 (プラズマ)が流れ出しています。プラズマは、磁場によって地球の周りに捕えられ ていて、その磁場に大きな乱れが生じない限り宇宙空間には逃げ出せません。平均的 には、赤道面上で地球の半径の4倍くらいの高度を通過する磁力線の内側に電離圏起 源の冷たいプラズマは閉じこめられていると考えられてきました。捕えられたプラズ マの90%は水素イオンであり、残りはほとんどヘリウムイオンです。このヘリウム イオンは太陽が放射した極端紫外線を散乱します。「のぞみ」の極端紫外望遠鏡がこ の散乱光を捕ええる事で世界で始めてこの領域を外側から見る事に成功しました。 「のぞみ」の観測により、この領域からは想像以上にヘリウムイオンが外側に流れ出 していることが明らかになりました。 以上が「のぞみ」が観測した結果の一部です。

極端紫外望遠鏡で撮られた地球周辺のヘリウムイオンの様子

極端紫外望遠鏡で撮られた地球周辺のヘリウムイオンの様子

Q 新しい軌道を運動し始めた「のぞみ」は、どうし て調子が悪くなったのですか?

A システム・グループが指摘していた唯一の心配である「不慮の事件」が起きた のです。それは1億5000万kmの彼方からやってきました。2002年春、太陽面で 大きなフレアが発生したのです。「のぞみ」は太陽からの高いエネルギーを持つ粒子 群の直撃を受けた後にその回路系の一部がやられたのです。この為にその回路に電力 を供給している共通系電源は過電流保護回路が働いて立ち上げる事が2002年4月 26目から出来なくなってしまいました。この結果テレメータデータが送信できず、 かつ熱制御回路が動作しない状況が現在まで続いています。

その電源は、姿勢制御に使う燃料を温めるヒーターを司っており、しかも衛星の 状態や観測結果を地上局にテレメータデータとして送る際の(送りやすくするため の)変調をも担当しています。ただし「のぞみ」はスピンで姿勢を安定しているた め、半年程度の放置は問題のないことを確認しました。

調べてみると、電源は正常なのですが、その下流にぶら下がる複数のサブシステム のうちの一つでショートが起こっていると推定されました。そのため、電源にオンコ マンドを送ると、短時間(約2msec)電源オンとなった後、過電流のため、電源保護用 のブレーカーが働いて、オフになるのです。保護するはずが邪魔をするという皮肉な 展開となってしまいました。

Q その後の経過を教えてください。

A 2002年の春、絶望的なムードに陥っていたチームの考えは、「2002年の 10月には地球のスウィングバイがある。 地球に接近する頃になると太陽との距離 が縮まってくるから、ヒドラジンは溶け始める。それを気長に待つことにしよう」 というものでした。その後、衛星の保温の為、観測機器を順次オンとし、合わせて詳 細な熱解析を行った結果、凍結している推進剤は2002年9月には自然解凍するこ とが予測されました。

テレメータ・グループの壮絶な努力が開始されました。2002年5月15日、当 該電源への連続オンコマンドにより、コンデンサに電荷を蓄積させ、電源電圧を一定 の値まで高める操作を実施しました。これは、電源電圧がコマンド実施可能領域に 達することを期待して実施したものです。その過程で、ビーコンを喪失しました。こ れは、電源電圧の不完全な立ち上がりにより、通信系の制御回路のリレーがランダム にオン・オフされ、結果的にオフになったと推定され、地上のハードウエア試験によ ってこの現象を確認しました。

一方、この結果より、逆に、電源へのオンコマンドによるリレー状態が元のモード ヘ復帰する可能性も期待されることになりました。そして電源オンコマンド送出を約 7500回試行後、2002年7月15日に、上記の期待通り、ビーコンが復活し ました。さらにテレメトリの代替機能として、搭載の自律機能を用い、時間をかけれ ば、ビーコンのオン・オフだけで探査機の状態を知る手法を発案し、探査機のハウス キーピング・データを監視することができるようになりました。

活用されたのは、探査機自身の自律的な判断により、人間の介入なく一定の動作 をする目的で備えられた機能です。通常は人間が監視・制御しているので用いる必要 がないのですが、一朝事あるとき、人間が地上からコマンドを用いて指定した探査機 の状態を示す数値を探査機のコンピュータが読み込んで、その値に基づいて、探査機 がコマンドを実施するようにしてあるのです。

例えば、ある部分の温度を探査機がチェックし、その値が指定した値を越えていれ ば、ビーコンをオフにするような設定が可能です。ビーコンの、オンとオフを確認し ながら、この温度指定範囲を不等号で狭めていけば、時間さえかければ、温度の範囲 を絞り込んでいくことが可能になるというわけです。探査機との距離が離れている場 合は、1回の不等号の確認に数十分を要するため、この一連の作業は相当の時間を要 します。ビーコン・モードだけの心細い通信路と「のぞみ」に賦与してあるこの自律 化機能をフルに活用して、ちびりちびりと「のぞみ」の健康状態をチェックする気の 遠くなるような作業が続けられました。

2002年8月下旬、太陽までの距離が近づいた結果、予想通り、凍結していた姿 勢制御用のヒドラジンの温度がじりじりと上昇しはじめました。そしてついに解凍温 度に到達したことを確認。この結果、姿勢・軌道の制御が可能となり、不具合発生後 初めての姿勢変更を成功裡に実施しました。

2002年9月から12月にかけて、地球スイングバイの為の軌道微調整を4回 実施し、12月20日に地球から3万6000kmの距離を通過させるスイングバイ を成功裡に完了しました。その後、いったん黄道面を離れて時間稼ぎをした「のぞ み」は、再び地球にじりじりと近づいてきました。そして2003年6月、軌道の精 密決定・微調整と姿勢変更を経て、6月19日23時59分53秒、「のぞみ」は 高度約1万1000kmを通過、見事にスウィングバイを完了しました。

その後、2003年6月末から7月中旬にかけてスウィングバイ後の軌道微調整と 保温のための姿勢変更を行い、7月から10月末にかけて不具合箇所復活のためのオ ペレーションを実施してきましたが、今日まで修復はできておりません。

Q 火星周回軌道に乗らなかった場合、「のぞみ」の ために使われた予算は無駄づかいだったのですか?

A 「のぞみ」は、日本で初めての惑星探 査ミッションです。惑星探査機の設計技術、スウィングバイをはじめとする制御技 術、遠距離通信、惑星探査機の運用技術、軌道計画の柔軟な運用など、今後の日本の 惑星探査に数々の貴重な経験を蓄積できたと考えています。その成果は、2003年 5月9日に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」に最大限に生かされています。

科学観測においても、前述したいくつかの成果が得られまし た。もちろん現在の最大の障害を乗り越えて、来年1月にアメリカやヨーロッパの火 星探査機が火星に集合する「マーズ・ラッシュ」に間に合うことが私たちの願いで す。JAXAは、これまでの経験と教訓を未来の探査活動に生かし、人類の知の蓄積 に大きな貢献ができるよう努力するつもりです。今後ともよろしくお願いします。

2003年12月9日

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