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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第431号

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ISASメールマガジン   第431号       【 発行日− 12.12.25 】
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★こんにちは、山本です。

 2012年最後のメールマガジンです。
来年は 新開発の固体ロケット・イプシロン初号機が、小型科学衛星1号機SPRINT-Aを載せて、内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられる予定です。

 2006年9月23日のM-V-7号機打上げ以来、探査機を載せたロケットを打ち上げていなかった内之浦実験場では、射場の整備が着々と進んでいます。

5月の金環日食をはじめとして、宇宙関係の話題が豊富だった2012年。
2013年も、ISASから多くの明るい話題を提供できたらと思っています。

 今週は、宇宙物理学研究系の竹井 洋(たけい・よう)さんです。

来週は、新年恒例のロケット昔話です。お楽しみに

それでは、読者の皆さま 2013年がよい年でありますように

── INDEX──────────────────────────────
★01:衛星開発初心者(自称)が振り返る、開発に明け暮れた2012年
☆02:ISS-IMAPおよびJEM-GLIMSの初観測データ取得について
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★01:衛星開発初心者(自称)が振り返る、開発に明け暮れた2012年

私(注1;以下、注は文末の脚注を参考のこと)はX線天文学の研究者として働いている。2012年は、2014年度打ち上げ予定のASTRO-H衛星の開発を主に行っていた。この1年を仮想上司の高田さん(注2)との会話形式で振り返ってみたいと思う。衛星の開発や試験について少しでも雰囲気が伝われば幸いである。


高田(仮想上司):今日はクリスマス、もう今年も終わりだなあ。

私:そうですね。ASTRO-H(注3)の様々な試験があり、私にとっても充実した1年でした。

高田:春は熱変形試験、夏は熱バランス試験、秋はSXS検出器(注4)の振動試験と盛りだくさんだったからな。お前ももう宇宙研で働くのは5年目だし、衛星開発にも慣れてきただろう。

私:いやいや、ASTRO-Hは私が初めて開発に携わった衛星なので、すべてが初体験ですよ。いわば初心者です。試験だけでなく、衛星の組み上げ(注5)に立ち会うのも初めてですからね。

高田:ほう。それで、初めての衛星試験の感想は?

私:いやあ、実物を自分の目で見るのは楽しいですね。そして、ASTRO-H衛星って大きい(注6)ですね。衛星開発の前期は紙やコンピュータ上での設計が主体なので、衛星の実物を見たことがない私にとってはイメージがわかなかったんですよ(注7)。今年、実際に衛星が組み上がって、自分の担当部SXS検出器が搭載されたときは感動しました。

高田:あまりプロっぽくない感想だなあ。しかも、それは試験でなく組み上げに対する感想だな。

私:試験についての感想ですか? 春に行った熱変形試験は、6mものサイズの衛星に対してミクロン単位を測定するという測定精度が印象的でしたね。

高田:熱変形試験は、宇宙で衛星の温度環境が変わることによる衛星の変形(注8)が問題になるかを確認する試験。要求精度を知らない人にとっては、温度がちょっと変わるくらいの歪みが問題だなんて大げさな話だと思うかもしれないな。

私:要求精度が高いですからね。SXS検出器のサイズはたった5mm角。一方で、X線を集める望遠鏡は5.6m離れた先にあります。1mmでも位置がずれると、有意にX線が失われてしまいますからね。5.6mと1mmの比を考えるとすごいですよね。さらに、ASTRO-Hの他の検出器(注9)との相対位置のずれも抑えないといけないですからね。

高田:これらを検証するためのミクロン単位の測定が必要になるわけで、それが実現できたのは大きかった(注10)。

私:夏に行った衛星熱モデルを使った熱バランス試験(注11)では、試験期間の2週間をずっと筑波に泊まりこみで参加させてもらえて非常に勉強になりました(注12)。

高田:熱試験は、真空チャンバに衛星を入れての測定で、一旦チャンバに入ったら24時間体制だからな。それにしても、筑波泊まり込みのとき、お前は調子に乗って毎晩遅くまで残り、寝不足で頭が働かず、周りに迷惑や心配をかけていたんだが、気づいていたか。

私:...。ところで、熱バランス試験では、模擬太陽光の強度やヒーターの発熱を変えて、軌道上の熱環境を何種類か模擬するわけですが(注13)、環境を変えると温度が安定するまで2日くらいかかってましたね。せっかちな私には向かない試験だと実感しました。「もう温度が安定しているように見えるから次に進んでいいんじゃないの?」と私が思っても、実際はまだ徐々に温度が変化していて待つべきだったり。一方で、試験期間は2週間程度と限られているので、どういう試験をするのが最も有効か、当日激しい議論もしました。おかげで、SXSにとっても貴重なデータがとれました。

高田:たしかに、熱の技術者は忍耐強い人が多い気がする。時間をかけた実験もじっくり行う印象だ。それに比べて、X線天文学の研究者にはせっかちな人が多い(注14)。

私:秋にはSXS検出器の振動試験(注15)を行いましたが、何かあると衛星や検出器を壊してしまう試験ですから、試験中はどきどきしっぱなしでした。試験を行ったのは衛星全体ではなくSXS検出器のデュワーのみ(注16)ですが、1m程度のものが大きく揺らされ、音をたてるのは心臓に悪いです。破損がなくて本当によかったです。

高田:大きな試験を無事に終えられ、ASTRO-Hにとっても大きな一年だった。

私:そうですね。まだまだ来年も試験は続きますが。

高田:そうだ。来年は6年目になるんだし、お前もいつまでも若手ぶったり初心者だとか言ってはいけない。もう中堅だろう(注17)。

私:いやいや、まだ四捨五入したら30歳ですから。初心を忘れず、何事も勉強だと思って進めていきますよ。


脚注:

1:竹井
宇宙研助教として働き始めて5年目。ただし、大学院生として修士課程、博士課程を宇宙研で過ごしていたため、すでに10年以上在籍している。とはいえ、衛星の開発に本格的に携わるのはASTRO-Hが初めて。

2:高田さん
ASTRO-H開発関係者には「田」で終わる名前が非常に多い。(石田、岩田、太田、前田、満田ほか多数)。なお、本記事に登場する「高田さん」は実在の人物ではありません。

3:ASTRO-H
2014年度打ち上げに向けて開発中の次期X線天文衛星。
(⇒ 新しいウィンドウが開きます http://astro-h.isas.jaxa.jp 参照)
また、紹介ムービーをJAXAデジタルアーカイブスで見ることができる。
(⇒ 新しいウィンドウが開きます http://jda.jaxa.jp/result.php?lang=j&id=5be896d8927fb1d3c11ba9951ce010ef

4:SXS検出器
「マイクロカロリメータ」という検出器。摂氏−273.1度(絶対温度50ミリ度)に冷やした極低温検出器で、抜群の分光性能を誇る。
(⇒ 新しいウィンドウが開きます http://www.isas.jaxa.jp/j/mailmaga/backnumber/2009/back271.shtml+ 参照)

5:衛星の組み上げ
ASTRO-H衛星の熱試験モデルや、検出器の機能試験モデルの組み上げが今年行われた。実際に打ち上げるフライトモデルの組み上げはまだ先。

6:ASTRO-H衛星の大きさ
ASTRO-H衛星は組み上げ時の高さが7m、打ち上げ後にはさらに伸展ベンチを延ばし、全長14mとなる、日本の科学衛星として最大規模を誇る。

7:紙やコンピュータ上での設計
設計要求(衛星に求められる性能、温度範囲、機械環境条件など)を正確に網羅するのが最も重要で、最も難しく、最も時間がかかるというのが私の印象である。設計初期に見落としがないようにしないと、あとから対応するのは非常に大変。

8:ASTRO-Hの温度変化
ASTRO-Hは地球上空550kmをまわる軌道に打ち上げられる。宇宙では地上で組み上げたときとは環境が異なるため温度が変わる。また、地球を回るにつれ、太陽が直射される時間帯と地球の陰に隠れて陽が当たらなく時間が交互に来るため、それに伴い温度が変化する。

9:SXS以外の検出器
SXI,HXI,SGDという検出器がある。また、SXT,HXTという二種類の望遠鏡がある。特にHXI検出器の搭載部は打ち上げ後に伸展され、望遠鏡との距離が12mになるので、熱変形に対する影響も大きい。

10:熱変形試験の測定精度
もちろん、簡単に達成できるわけではない。試験はヒーターで衛星の一部を温めて行うが、意図しない部分が温まりすぎないように工夫をこらし、十分な精度で測定できる計測系を構築するなど、宇宙研構造グループを中心に、入念かつ地道な準備を行った成果である。

11:熱バランス試験の目的
熱バランス試験では、衛星軌道上で予想される温度環境を模擬し、衛星各部の温度を測定する。試験前に数学モデルを用いて温度の予測をしているが、実測なしにモデルを十分な精度で構築するのは不可能である。実測結果をもとに数学モデルを改訂したり、必要に応じてフライトモデルで設計変更を行う。

12:筑波での熱バランス試験
ASTRO-Hは衛星が大きく、宇宙研のチャンバには入らない。熱試験は筑波の直径13mチャンバで行った。

13:熱バランス試験における環境模擬
熱バランス試験では、以下のように宇宙環境を模擬した。真空チャンバの壁面は液体窒素で−170度程度に冷却され、深宇宙を模擬する。その中に衛星の衛星熱モデルを入れる。衛星の片側は地球からの放射を模擬する赤外パネルを置く。衛星の逆側からは、太陽光を模擬する強力な光を照射する。衛星内部の機器の発熱もヒーターで模擬する。赤外パネルの温度、模擬太陽光の明るさ、ヒーターの発熱を帰ることで、衛星軌道上のいくつかのパターンを調べる。

14:せっかちなX線天文学の研究者
会議中に、他人が話しているのをさえぎって答え始める人が多い。若干迷惑。一方で、欧米では、議論の際には休む間もなく意見が交わされるため、少しでも躊躇すると発言するタイミングを失い、何も意見を言えなくなってしまう。欧米の研究者との共同研究も多い天文学者にとっては、多少強引でも意見をがんがん言うのが大事な素養かもしれない。

15:SXSの振動試験
振動試験は、ロケットにより衛星を打ち上げる際の振動を模擬する試験である。もちろん設計上は振動の負荷に耐えられるように作っているが、人工衛星はなるべく軽く作らないといけないため、不必要に余裕をもたせるような設計にはしない。そのため、振動試験で機器が破損することもある。非常に心臓に悪い試験である。

16:SXSのデュワー
SXSは検出器そのもののサイズは5mm角しかないが、それを−273.1度に冷やすために、SXSは何重もの放射シールドを含む真空容器の中に入っている。真空容器をデュワーと呼ぶ。デュワーの直径は1m程度。5mm角のものを冷やすのに1mものサイズのものが必要だということから、宇宙で極低温を実現するのが難しいことがわかる。

17:若手か中堅か
「もう若手ではないだろう」と指摘されたのは、実話である。


(竹井 洋、たけい・よう)


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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※