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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第271号

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ISASメールマガジン   第271号       【 発行日− 09.12.01 】
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★こんにちは、山本です。

 今年も師走になってしまいました。事業仕分け、ボーナス切り下げ、新型インフルエンザの蔓延等々、寒〜い話題ばかりが聞こえて来ますが、相模原キャンパスには「はやぶさ」への応援メッセージが続々と送られて来ています。
 皆さんからの熱いメッセージを、見学コースに貼り出す計画も進行中です。

 今週は、高エネルギー天文学研究系の竹井 洋(たけい・よう)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:ー273度からX線をつかむ
☆02:「はやぶさ」の現状について(報告資料)
☆03:今週のはやぶさ君
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★01:ー273度からX線をつかむ

 「12月の15日か16日にテレビ会議をやりましょう。時刻はコロラドの朝8時、つまり、メリーランドの朝10時、ヨーロッパの夕方4時、東京の深夜12時はどうでしょう。」

 テレビ会議の提案がEメールで共同研究者から届いた。深夜12時開催、思わず断りたくなるような時間である。まあこれも仕方がないこと。日本、ヨ ーロッパ、アメリカは三分の一日ずつ離れているので、全員が集合するには、どこかが朝早く、あるいはどこかが夜遅くに参加する必要がある。今回は(多くの場合そうなのだが)日本が夜更かし担当になってしまったのだ。どこかの国の人が眠い思いをするのはわかっている。それでも世界中に参加者がいるような打合せを行うのは、日米欧の国際協力でミッションを進めているからだ。

 このテレビ会議は、2020年頃に打ち上げを目指している、IXOと呼ばれるX線天文衛星のためのものである。IXOは過去のX線衛星とは比べものにならない大きなサイズの衛星であり、打ち上げ予定は2020年とずいぶん先ではあるものの、すでに世界中でさかんに設計が行われている。ときには一国に集まって、数日にわたって議論を繰り広げる。一方、短い打合せはテレビ会議で行う、というのが、最近の国際協力のスタイルである。渡航せずともインターネット越しにテレビ会議で打合せを行えるのはうれしい限り。情報技術の発展のたまものだ。

 私が携わっているのは、摂氏ー273度(絶対温度0.1度)に冷やすことで画期的な分光能力を発揮するマイクロカロリメータと呼ばれる極低温検出器の開発である。「分光」というのは、専門的に言うと「エネルギー」を区別することである。これは、可視光でいうと「色」を区別することに相当する。
現在宇宙を観測しているX線カメラが、いわば64色画像しかとれないのに対し、マイクロカロリメータは数千色を区別できる。X線の色(波長)はX線を出す天体の温度や速度、中に含まれる元素、など多彩な情報を含んでいるので、天体の起源に迫る強い武器となる。IXOではー273度に数キロピクセルの カメラを搭載する予定である。ちなみに、2013年度打ち上げ予定の日本のASTRO-H衛星には30ピクセルのマイクロカロリメータを搭載する。そして、宇宙の観測を世界で初めて実現する予定である。実は、現在活躍している「すざく」衛星にも同タイプのものが搭載されていたが、ー273度を実現するために必要な液体ヘリウムが喪失してしまい、天体の観測が行えなかった経緯がある。その復活はASTRO-Hの使命でもある。

 せっかくなのでマイクロカロリメータの原理を少し紹介しよう(若干専門的なのはご容赦を)。この検出器は「X線のエネルギーを測る温度計」である。X線も光の一種であり、X線を吸収すると温度があがる。これは、太陽に手を向けると、太陽の光のエネルギーで温かく感じるのと、まあ同じことである。ただし、私たちが見たい天体は、太陽ほど明るくはない。また、X線の光子一つ一つのエネルギーを測りたいため、高精度の温度計が必要である。室温の水1ccに一つのX線光子が当たっても、温度は0.000000000000001度(10のー15乗度)しか変化しない、と書くと、とんでもない高精度が必要であることがわかるだろうか。このようなとても小さなエネルギーを測るには、非常に小さな温度計を、非常に低温に置く必要がある。私たちが開発している温度計は、大きさ数百ミクロン四方、厚さ0.1ミクロン程度という小さなものである。これを、摂氏ー273度という極低温で使う。すると、一つのX線光子が0.001度程度温度を上げることができる。これでも温度上昇は小さいように見えるが、ー273度は絶対温度0.1度なので、1%の温度変化が起こることになる。これは十分測定できる変化分だ。また、低温ではノイズが小さくなるため、測定精度が非常に高いという重要な特長を持つ。その結果として、画期的な分光性能が得られるのである。もちろん、それだけの性能を達成するのは簡単ではない。X線以外に起因するありとあらゆる温度変化を防ぐ必要があり、実験環境には細心の注意を払わなければいけない。そして、X線が来ない時には1マイクロ度のレベルの温度安定度を持つよう制御することで、上述の性能が得られるのである。

 このような困難な検出器であることから、現在宇宙用のマイクロカロリメータを開発し、優れた性能をあげているのは世界でも数グループしか存在しない。宇宙研を中心とする日本のグループもその一つである。先に書いたテレビ会議はそれらのグループが全て参加する豪華なものだ。

 思えば、開発の当初は、期待される性能など全く出ておらず、低温実験の厳しさだけを痛感していた。冷えるはずの冷却装置に、どこからか熱の侵入があり全く冷えなかったり、冷却することにより導線が断線してしまったり、起こったトラブルをあげればきりがない。やっと測定にたどりついても、思うように性能が出ず、次々と改良を加えていかねばならなかった。低温実験が厄介なのは、冷やしていくことで突然トラブルが起こることである。実験準備をして温度を下げるのには一日から数日かかる。そのあとで突然トラブルがあり、数日分実験が逆戻りしてしまうことがわかったときには、どっと疲れに襲われる。

 それでも、着実にトラブルの原因をつぶし、性能を向上させ、世界と肩を並べるまでになった。分光性能を出すために苦心していた頃、オシロスコープでモニタしていたセンサの信号が、経験したことがないほど、きれいにそろっていたことがあった。私たちが開発していた検出器の性能が、初めて満足できるレベルに到達したときである。オシロスコープで信号を見ただけで、「この素子はすごい」とわかる、感動的な瞬間であった。このような、ブレイクスルーを実現しそれに立ち会う瞬間というのは、開発を行う醍醐味である。現在開発しているタイプの検出器が宇宙に打ち上げられる日はまだ遠い。しかし、実際に天体に自分たちの開発した検出器を向け、新たな発見を予感させるデータを見られたら、そのときの感動は実験室で得たものとは比べものにならないと確信している。欧米の研究者も同じ思いであろう。特に、マイクロカロリメータの黎明期から開発を行っている研究者はすでに20年以上開発を続けているのだから。

 テレビ会議に加えて、来年の春にはヨーロッパに集まって欧米の研究者と議論を行う機会が待っている。外国を訪れる際には、研究のための知識の交換だけでなく、文化的知識の交換も楽しみである。私の知っているアメリカ人には大のカラオケ好きが多く、日本に来るとチャンスがある度にカラオケに行き、マイクを取り合っている。残念ながら、私は、外国でそれほど熱中できるものにまだ出会っていない。しかし、おいしい食べ物にはいろいろ巡り会えた。B級グルメではあるが、たとえばオランダのフライドポテト(マヨソース)はおすすめだ。オランダはあまりグルメな国ではないのだが、フライドポテトは絶品である。次回の出張も楽しみである。

(竹井 洋、たけい・よう)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※