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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第422号

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ISASメールマガジン   第422号       【 発行日− 12.10.23 】
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★こんにちは、山本です。

 先週読者の方から「キンモクセイ」が香りだした と メールを戴きました。
次の日から 相模原キャンパスでも「キンモクセイ」の香りが…

 居室の前に大きな「キンモクセイ」が2本ありますが、遠目にも黄色く見える程、花を咲かせていました。秋を感じる ひととき でした。

 今週は、宇宙物理学研究系の津村耕司(つむら・こうじ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:遠くの宇宙と近くの宇宙
☆02:ギャラクシーラブ ー 科学もアートも宇宙がスキ ー(アートラボはしもと)
☆03:宇宙学校・東京【東京大学駒場キャンパス】(11月3日(土・祝))
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★01:遠くの宇宙と近くの宇宙


 「ウロボロス」というのはご存知でしょうか?

Wikipediaによると
「己の尾を噛んで環となったヘビもしくは竜を図案化したもの」
とあります。言葉だけではピンと来なくても、実際の図を見れば見たことあると思う人も多いのではないかと思います。この図は現在の宇宙物理学の現 状を表す図として最近はよく使われます。

宇宙がどのように誕生したかを探るためには、素粒子の知識が不可欠ですし、逆に素粒子の性質を探るために、加速器では到底到達できないような高エネ ルギー現象を天文現象の中から見出したりしています。すなわち、この世で最も大きな構成物である宇宙と、最も小さい構成物である素粒子との密接な 関係を、ヘビがぐるりと自分の尾をかんでいる様子に例えているわけです。

ウロボロスの図と宇宙と素粒子
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2006jiku_design/img/satou/08.jpg

 似たようなことが、自分の天文学の研究の中でもあります。それは、
「最も遠くの宇宙を探るために、最も近くの宇宙を知る必要がある」
と言うことです。まず最初に、自分はどんな研究をしているかを紹介させていただきます。

研究テーマを簡単に説明すると、
「ビックバンからわずか数億年程度しかたっていない生まれたばかりの宇宙で、最初の星形成はどのような様子だったのか?」
を、観測的に明らかにしたいと思っています。

でもそんな大昔の事をどうやって調べればよいのでしょう?
答えは、「遠くの宇宙を見る」です。

実は「天文観測」は「タイムマシン」でもあるのです。例えば太陽までの距離は約1億5000万kmなので、光の速さでも8分かかります。つまり今私達が見ている太陽は8分前の姿なのです。同じように、北極星(ポラリス)までの距離は400光年なので、今見ている北極星の姿は約400年前の姿、視点を変えると、もし北極星から大きな望遠鏡で地球の姿を見ることができたとしたら、地球の400年前の姿、すなわち江戸時代が始まった頃の様子が見えているはずです。


 このように、「昔の宇宙」が知りたければ、「遠くの宇宙」を観測すればよいのです。現在は宇宙が誕生してから137億年が経っていると考えられているので、130億光年以上かなたの宇宙を観測できれば、生まれたばかりの宇宙の様子が探れるわけです。

しかし、最新の超大型望遠鏡をもってしても、それほど遠くの宇宙に存在する星や銀河を1個ずつ観測するのは困難です。そこで私達は、「宇宙全体の明るさ」を測定するという方法を採用しています。

「明るさ」とは「光の量」のことで、光は星から発せられるので、「宇宙全体の明るさ」すなわち「この宇宙にどれだけの光が存在しているか」を観測から求めてやると、「宇宙誕生から現在に至るまでに、どれだけの星が誕生してどれだけの光を放出してきたか」を求めることができます。

最近の宇宙ではどれ位の割合で星が誕生しているかは詳しく分かってきているので、それを差し引いてやると、宇宙誕生直後に星がどれ程の割合で光り輝いてないといけないかが求まると言うわけです。このあたりの詳細は、過去のメールマガジンの記事にて紹介されているので、そちらを参照してみてください。

ISASメールマガジン第310号「宇宙赤外線背景放射で探る宇宙の暗黒時代」
http://www.isas.jaxa.jp/j/mailmaga/backnumber/2010/back310.shtml

ISASメールマガジン第344号「宇宙背景放射を測るという仕事」
http://www.isas.jaxa.jp/j/mailmaga/backnumber/2011/back344.shtml


 さて、ここで話をウロボロスに戻しましょう。

「宇宙の明るさ」の測定を通して、誕生直後の宇宙を探りたいという話でした。この「宇宙の明るさ」を測定する時の最大の邪魔者が、最も手前にある「地球の明るさ」そして「太陽系の明るさ」なのです。ここで、「最も遠くの宇宙」と「最も手前の宇宙」がリンクします。

まず、「地球の明るさ」の原因は地球大気です。これを回避する方法は比較的簡単で、地球の外に行けば良いです。なので、「あかり」等の宇宙望遠鏡のデータを用いるほか、自分たちで専用の望遠鏡を設計・製作し、それをロケットに搭載して打ち上げて観測していたりしています。

しかし「太陽系の明るさ」についてはそう簡単にはいきません。「太陽系の明るさ」とは、専門用語で「黄道光」といって、太陽系内に浮かんでいる微粒子が太陽光を散乱するなどして光っているのです。昔は肉眼でも見えたらしいのですが、最近は街明かりのせいで肉眼で黄道光を見るのは難しいです。

自分も数年前に富士登山をしたときに黄道光を見れたと思ったのですが、帰宅後に写真で位置を確認したら、黄道光が見えるべき位置と微妙にずれており、黄道光が見えたというのは錯覚だった、という経験があります。

それくらい人間の目にとっては見えないくらい淡い光なのですが、「宇宙の明るさ」を測定するときには、まぶしい程に最大の邪魔者となって我々の前に立ちはだかります。なので、「誕生直後の遠くの宇宙」を探るためにはまず「最も手前の太陽系」について理解を深める必要があり、実は自分もこの黄道光の研究で博士号の学位を得たのでした。


 この最大の邪魔者である黄道光から逃れる最も簡単で確実な方法は、太陽系の外に行くことです。実際は木星まで行ければ黄道光は無視できるほどに暗くなることが知られています。

そこで、はやぶさ・イカロスの後継機として計画されているソーラー電力セイルで木星まで航行し、そこで黄道光に邪魔されずに「宇宙の明るさ」を直接測定してやろうというEXZIT計画を我々は進めています。2020年頃の実現を目指しています。

EXZITによって過去に例がないほど正確に「宇宙の明るさ」が測定できると期待されますが、10年後までただじっと待っているわけにはいきません。

そこで、次なる方法は、「太陽系の明るさ」を正確に測定してやることです。

「太陽系の明るさ」の測定は過去にも現在にもいくつもあるのですが、その中で最も有名なのはNASAのCOBEという衛星による観測です。COBEという人工衛星は、ビックバンの証拠である宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を精度良く測定したことで有名で、2006年にはその成果に対してノーベル物理学賞が与えられているので、知っている人も多いかもしれません。
かく言う自分にとってもCOBEは思い入れのある人工衛星で、自分が天文学に興味を持ったきっかけを与えてくれた衛星なのです。高校生の頃に手にした(当時の)最新の天文学の本でCOBEの成果が紹介されており、「この宇宙がビックバンで誕生したということが証拠付で分かる」ということにいたく感動して、 天文学の道を志すことに決めたのです。

さて、COBEにはDMR、FIRAS、DIRBEという3つの観測装置が搭載されており、「ビックバンの証拠の観測」をしたのはDMRとFIRASで、これらの成果に対してノーベル賞が与えられました。

一方「太陽系の明るさ」を測定したのはDIRBEで、残念ながらこの成果にはノーベル賞は与えられてはいません。たしかに「ビックバンの証拠を探る」という派手で華やかな科学成果に比べると確かに一見地味ですが、科学的には非常に重要で価値のある観測で、実際にこのDIRBEによる観測と、その後の日本初の赤外線宇宙望遠鏡であるIRTSによる観測から、「宇宙の明るさ」測定を通した初期宇宙の研究が大きく進展し、最近の「あかり」等による成果へと続いていきます。

このように、「遠くの宇宙を観測して、誕生直後の宇宙の様子を明らかにしたい」という大きな野望を元にに研究をすすめつつ、実際はなかなか太陽系を突破できずに苦しむ日々が続いているわけですが、最近はその地道な研究もも実りつつあり、太陽系を突破して宇宙の始まりに至る成果が得られつつあります。


 以上、
「遠くの宇宙を知るためには、まずは手前の太陽系のことを知らなきゃね」
という話でした。


より詳しく知りたい方へ
新しいウィンドウが開きます http://www.ir.isas.jaxa.jp/~matsuura/darkage/index_da.html


(津村耕司、つむら・こうじ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※