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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第344号

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ISASメールマガジン   第344号       【 発行日− 11.04.26 】
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★こんにちは、山本です。

 第342号に掲載した「原発事故の荒野をヒマワリで埋めよう」ですが、山下雅道さんたちの計画が、22日(土)の全国紙の夕刊の記事になりました。

 Webでもこの記事を読めます(全文ではありませんが)。タイトルには『汚染土壌浄化「ヒマワリ作戦」…復興の象徴にも』とありました。

 一面に広がるヒマワリが 土壌浄化のシンボルとなって、復興への道が進んでいくことを願っています。

 ひまわりプロジェクトのサイトは
新しいウィンドウが開きます http://sites.google.com/site/himawariproject311/home

 今週は、赤外・サブミリ波天文学研究系の松浦周二(まつうら・しゅうじ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙背景放射を測るという仕事
☆02:「「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:宇宙背景放射を測るという仕事


 満天の星がきらめく今の宇宙の姿は、遠い過去にはどのようであったのか?

 未来も今と変わらぬ姿のままでありつづけるのだろうか?

 そのような宇宙の運命を決定づける法則はどのようなものなのか?

 自然科学に興味がある人の多くは、このような疑問をもったことがあるかもしれません。 私もこのような疑問を動機にして宇宙を研究しています。本稿では、その一端を紹介します。


 多くの科学書で語られているように、宇宙は137億年前に「ビッグバン」と呼ばれる大爆発により生まれたことは、このメールマガジンの読者にとっては、もはや常識かもしれません。

 宇宙マイクロ波背景放射(CMB)は、このビッグバンのまぎれもない観測的な証拠として知られ、その名のとおり我々の近くにある天体の背景にある(つまりもっと遠くからの)ぼんやりとひろがった電磁波放射です。1978年と2006年の2度のノーベル賞の授与対象となりました。

 CMBはビッグバン当時の灼熱の宇宙が出した光の波長が、ビッグバンの勢いのまま宇宙が膨らんでゆくとともにのびて、目に見えないマイクロ波として現在見えているのです。CMBは、どの空の方向を観測してもおそろしく均一で、10万分の1というほんのわずかしか「むら」がありません。

 つまり、ビッグバンの時代には特別に物質が集中するような特別な場所がなかったということです。それなのに今は空を見上げるとキラキラ輝く星があるし銀河もある。現在までの宇宙の歴史のどこかの時代で、今ある星や銀河の場所に物質が重力で引きあって集中し、天体が生まれたはずです。


 上のことを確かめるのは簡単そうに思えます。宇宙で初めて星や銀河が生まれるところを見つけ、その様子を観測してやればよいのです。宇宙で最初の天体が誕生したのは、ビッグバンから数億年後、宇宙の大きさが今の数十分の一しかなかった頃だと考えられています。光速度は有限なので、そのような太古の宇宙の星々を見たければそれだけ遠くを見る必要があります。

 それらはあまりに遠くにあるため個々には分解して見えませんが、うまくやればCMBと同じように、近くの天体のずっと向こう側にあるぼんやりとひろがった背景にある放射(宇宙背景放射)として観測できる可能性があります。ただし、ビッグバンの時代よりもう少し宇宙が膨張していたことに対応し、観測にはマイクロ波より波長の短い赤外線(波長1から300マイクロメートル)を使う必要があります。

 このような「宇宙赤外線背景放射(CIB)」の測定により、宇宙の始まりから現在までの天体形成の知られざる歴史にメスをいれるのです。


 ビッグバンで作られた原始宇宙の光る物質はほとんど水素とヘリウムだけであり、我々自身や身の周りにあるほとんどの物を構成している炭素より重い元素は、後に星の内部あるいは星の終末期の爆発により作られたと考えられています。

 重元素がないガスから作られる星では、その質量が太陽の数百倍、その温度は10万度以上に達することが予測されます。そのような高温の星は、ライマンアルファという水素原子の特徴的な紫外線を出します。それが宇宙膨張で波長数マイクロメートルまでのびて現在では赤外線のCIBとなるのです。

 また、宇宙初期の質量分布(主にダークマターが担う)を反映した特徴的な空間分布がCIBに現れることが予測されます。このような宇宙最初の天体の「指紋」をCIBのスペクトルと空間分布に見つけだすことが具体的な研究の方法です。


 CIB測定には別の側面もあります。ビッグバンの時代には、光だけでなくニュートリノや宇宙の質量の大部分を占めるダークマターのような未知の粒子もつくり出されたはずです。宇宙にあまねく広がるこれらの粒子が、まれに違う物質に転化する際に光を出すと(崩壊光子)、これまた宇宙背景放射となります。つまり、宇宙背景放射の測定は、このような未知の物質探査の役割もあるのです。

 以上のようなねらいがうまくゆけば、宇宙論や天文学だけでなく物理学の研究にも大きな進歩をもたらすに違いありません。あわよくば、CMB観測のようにノーベル賞も、などと夢想したりして...。


 私は、このようなCIBを測定する仕事を学位論文とするため大学院生のときから始めました。この道のパイオニアである当時の指導教官(松本敏雄氏)にはここまで導いていただいたうえ、師とは今も一緒に仕事を続けています。今も続く宇宙背景放射を研究する魂が注入された時期です。

 ただでさえぼんやりとした認識しかない宇宙の研究なのに、天体の背景にあるぼんやりとした放射を観測するなんて、と はじめは思いましたが、宇宙論を実験家の立場から研究するのだという意気に惹かれました。在学中、のちにCOBE衛星による宇宙背景放射CMBの観測でノーベル賞を受賞することになるJohn Mather氏から衛星の苦労話を直接うかがえたことも、現在までの継続の力となっています。


 赤外線は大気から放射されたり吸収されたりするので、CIBのような微弱な信号を地上から受けるのは困難です。そのためには、ロケットや人工衛星を使って大気圏外へ出ます。この研究の初期には、大学で皆で手作りした観測装置をISASに持ち込み、S520という小さな固体ロケットで打上げて観測を行ないました。

 ロケットの飛行時間はせいぜい10分間ほどで、その間にとった貴重な(青春の汗と涙が結晶化した)データを入念に解析しました。しかし、残留大気やロケットからのガス放出の影響により信頼性の高い測定ができず、この仕事の難しさを思い知らされました。ぼんやりとひろがった放射の測定は、そのようなうすぼんやりとした邪魔ものに弱いのです。


 その後は、IRTS(1995年打上げ)や「あかり」(2006年打上げ)といった、赤外線観測を行なう人工衛星の大きなプロジェクトが実現し、確実に大気や脱ガスの影響がない環境で長い時間をかけて観測が行なえるようになりました。ロケット観測と比べてデータが何百倍、何千倍と増え、CIBの姿がより詳しくわかるようになりました。

 これらの測定結果から間違いなく言えることは、CIBはすでに知られている天体(太陽系、我々の銀河、遠方の銀河・銀河団など)では説明がつかないほど強いことです。その起源は上に書いたような宇宙最初の天体や未知の粒子崩壊などによるものかどうかはまだ明言できませんが、我々は何か新しい発見をしていることは確かです。

 このような事実は、いくつかの目立った天体を詳しく研究していてもわからないことです。ぼんやりひろがった宇宙背景放射の測定は、「木を見て森を見ず」の教訓にならい、宇宙の大局的な構造と成り立ちを調べる手だてなのです。


 人工衛星も良いですが、手作り感あふれるロケットボーイズ魂は今も息づいています。今度は、私がISASの研究員や大学院生らと一緒にロケットを使ってCIB測定を続けています。短時間の観測でもキラリと光る特色をもった研究着想や装置設計をすれば、人工衛星を用いる大きなプロジェクトでもできないことが可能になることもあるのです。

 今行なっている実験にはNASAのロケットを使っているため、アメリカで実験する必要性から面倒なこともいろいろありますが、学生は苦労を楽しみながら実験参加してくれており、この魂を今後も脈々と引き継いでくれるものと信じています。2010年7月に成功した最新のロケット実験の結果には、宇宙最初の天体の存在証拠らしきものが見えてきた、との感触をもっています。今後の結果発表をお楽しみに。


 とはいえ、人類の英知を磨くには、大勢が力をあわせてやるべきこともたくさんあります。将来のスペース赤外望遠鏡SPICAによる観測や、惑星探査機としてJAXAで開発がすすむソーラーセイルに赤外観測装置を搭載する計画など、基幹的なミッションをロケット実験などの小さいミッションと有機的つながりをもって進めて行きたいと思います。応援のほどよろしくお願いします。

 CIB観測についてもっと詳しく知りたい方は、以下のページもご参照ください。

CIB観測プロジェクトサイト:
新しいウィンドウが開きます http://www.ir.isas.jaxa.jp/~matsuura/darkage/index_da.html

(松浦周二、まつうら・しゅうじ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※