宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2012年 > 第415号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第415号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第415号       【 発行日− 12.09.04 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 9月に入って 急に雨が降り出しましたが7・8月に雨が少なかったために、関東・東北地方の水不足が心配されています。
関東では取水制限、東北では農業用水の使用を自主的に減らすことも始まっているようです。

 豪雨被害は困りますが、もう少し雨が降って欲しいものです。

 今週末には【銀河フェスティバル in 能代】が開催されます。近くにお住まいの方は、是非お出かけください。

 今週は、宇宙飛翔工学研究系の山田和彦(やまだ・かずひこ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:大気圏再突入と気球
☆02:銀河フェスティバル in 能代(9月8〜9日)
───────────────────────────────────

★01:大気圏再突入と気球


 宇宙飛翔工学研究系の山田和彦です。
はじめまして。こんにちは。
ISASメールマガジンには初登場ですが、よろしくお願いします。

 私、現在は、宇宙飛翔工学研究系に所属し、宇宙から帰ってくる乗り物である大気圏突入機についての研究に従事しておりますが、その前は、大気球観測センター(現在の大気球実験室【*1】)に所属して、気球を利用した観測実験に関わっていました。


 皆さん、大気圏への再突入というと、どんなイメージをお持ちでしょうか?
思い浮かぶのは小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還の時のような、激しく火の玉になり、あるものは燃え尽き、あるものはそれに必死に耐えて地上にたどり着くというドラマティックなイメージではないかと思います。

一方、気球はというと、風に乗ってふわふわと青空に浮かんでゆっくりと飛んでいく、というのんびりとしたイメージでがあるのではないかと思います。今回は、このように印象が対照的な大気圏再突入と気球、この2つの間にあるつながりを紹介していこうと思います。


 私は、専門分野が大気圏突入機の研究ということもあり、「はやぶさ」の地球帰還の際には、オーストラリアのウーメラ砂漠に出張して、「はやぶさ」の再突入カプセルの着地点の予測、カプセルの探索、回収をしてきました。【*2】

2年前の2010年の6月13日の深夜に「はやぶさ」の再突入カプセルは、「はやぶさ」の本体といっしょに地球の大気圏に再突入しました。「はやぶさ」の本体が大気圏突入時の猛烈な加熱で燃え尽きていく中、その猛烈な加熱に耐えた再突入カプセルは、予定の高度でパラシュートを開き、その後、風に流されながら、ゆっくりと降下し、予測された場所に着陸しました。

そして、着陸したカプセルは大気圏再突入から、わずか1時間後に発見され、翌日には、ほぼ無傷で回収されました。


 この大気圏再突入&回収の成功の影には、気球実験で培った技術が大きく貢献していたことをご存知でしょうか?


 1つ目は、上空の風を正確に予報し、カプセルの着地点を予測する技術です。

気球(宇宙研で運用している科学観測用の気球は、大気球と呼んでいます)は、宇宙科学研究において、観測ロケットや人工衛星と並ぶ、宇宙科学観測を支える重要な乗り物です。

大気球は、重さ1トン近くにもなる観測機を、飛行機の飛行高度の3〜4倍となる高度30〜40kmへ運ぶことができます。ただ、この大気球とい う乗り物は、推進力をもちませんので、自分で進む方向を決めることができません。上昇下降の若干の高度の調整はできますが、基本的には風まかせで飛翔することになります。

現在、宇宙研で行っている大気球実験では、実験終了後の観測機の回収が必須になっていますので、回収可能な位置に気球をうまく飛ばす必要があります。そのため、気球を飛翔させる前に、上空の風を正確に知っておかないといけないのです。

気球実験を安全に確実に行うため、気球グループは日々、世界中から風の予測情報を集めて、上空の風を予測し、飛翔に適した日を探しているのです。

この上空の風を予報する技術は、宇宙から帰って来るものを回収する時にも必要だと思いませんか?

大気圏に再突入したカプセルが最後どこに落ちてくるのかは、その日の風によって大きく影響をうけます。特に、パラシュートを開いたあとは、カプセルは風に流されならがゆっくり降りてくるので、その影響がとても大きくなります。その日の風によって、大きいときには50km以上も着地点が違ってしまうこともあるくらいです。

「はやぶさ」カプセルの回収のときには、この大気球観測実験で培った風を正確に予報する技術を利用して、事前に着地点を予測していました。結果は、事前に予測した位置から1km以内にカプセルは着地し、迅速かつスムーズな回収作業に貢献することができました。

 2つ目は、最後、カプセルをゆっくり地上に着陸させるためのパラシュートの開発です。


「はやぶさ」カプセルのパラシュートは、降下する際の揺れを少なくして、大事なサンプルにできるだけ衝撃を与えないようにするため、また、小さなカプセルの中にパラシュートをうまく収納するために、特別な形をしています。

このパラシュートがちゃんと開くのか、安全に降下できるのかということを調べることは、実験室での試験やコンピュータでの計算で確認することは難しく、実際に上空から落として確認することが常になっています。「はやぶさ」カプセルの場合も、パラシュートの開発の最終確認として、大気球を使って、落下試験が行われています。

「はやぶさ」カプセルの開発当時は、三陸大気球観測所で行われていた大気球実験のひとつとして、30km以上の高高度からの「はやぶさ」カプセルの降下試験が行われており、パラシュートの開き方やその降り方などを確認しています【*3】。

このように、大気球実験は実験環境を提供するという観点からも、大気圏突入技術の開発に大きな貢献をしているのです。

ちなみに、JAXAの大気球実験用の大気球と「はやぶさ」の再突入カプセルのパラシュートは、同じ会社で製作されていて、こんなところにも大気圏再突入と大気球の関係があるのは不思議ですね。


 最後に、今、宇宙研では、東京大学などいろいろな大学と共同して、新しい大気圏突入機を開発しています。

「はやぶさ」で採用されたカプセル型やスペースシャトルで採用された有翼型につづく、第3の形の候補として注目されている展開型の大気圏突入機です。これは、大気圏に突入する飛行体が、大気圏に突入する前に、柔軟な膜でできたパラシュートのような空気ブレーキ(柔軟エアロシェルと呼んでいます)を展開して、それにより大気圏突入飛行体を、大きさのわりには軽いものにして、大気圏突入時に空気力を効率よく使って減速するという方法です。

これにより、大気圏突入機にとって、最も難しい技術的課題である加熱の問題を低減することができたり、そのままでもゆっくり着陸できるので、パラシュートが必要なくなるという利点もあります。


 我々のグループでは、その柔軟エアロシェルの中でもインフレータブル方式(袋状の部分にガスを注入することにより展開し、そのガス圧で形状を維持する方法)を採用しています。このようなタイプの大気圏突入用減速装置は、バリュートと呼ばれることもあります。

このバリュートという言葉、SFなどで耳にすることがあるかと思いますが、実は専門用語で、バルーン(気球)とパラシュートを足し合わせた言葉です。こんなところにも、大気圏再突入と気球のつながりがあります。もちろん、単に言葉だけでなく、これまでに気球を開発してきた技術や経験がこのような新しい大気圏突機の開発につながっています。


 この展開型の大気突入機の開発の当初にも、大気球からの降下試験を実施しています。実は、その試験は、当時は学生だった私がこの道に進むきっかけとなった私にとって非常に思い入れの深い実験です【*4】。

このように気球実験と関係が深い柔軟エアロシェルという新しい大気圏突入機ですが、つい先日、2012年8月7日に、S-310観測ロケットを使 った大気圏突入試験を実施し、高度150kmからの大気圏突入の実証に成功しています【*5】。

実験の詳細については、JAXA 相模原チャンネル【*6】の中で詳しく説明されていますので、そちらにゆずることにしますが、将来、このような気球と融合した新しい大気圏突入技術が、地球大気圏再突入機のスタンダードになっていたり、また、未知なる惑星への探査の道を拓いてくれるかもしれません。

 宇宙研では、いろいろな分野の研究者が一箇所に集まって仕事をしていますので、思いもよらない組み合わせで新しい技術やプロジェクトが生まれてくるかもしれません。そんな視点で宇宙研のプロジェクトを見てみるのも面白いかもしれません。


【*1】大気球
    ⇒ http://www.isas.ac.jp/j/enterp/ball/index.shtml
【*2】はやぶさ関係者からのメッセージ No.054
    ⇒ 新しいウィンドウが開きます http://hayabusa.jaxa.jp/message/message_054.html
【*3】ISASニュース1996年10月号ISAS事情:十字傘開く
    ⇒ 新しいウィンドウが開きます http://www.isas.ac.jp/ISASnews/No.187/isas.html
【*4】ISASメールマガジン第028号 大気球を使った飛行実験
    ⇒ http://www.isas.jaxa.jp/j/mailmaga/backnumber/2005/back028.shtml
【*5】トピックス:観測ロケットS-310-41号機 打上げ終了
    ⇒ http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2012/0807_s310-41.shtml
【*6】JAXA相模原チャンネル:インフレータブルカプセル実験
    ⇒ 新しいウィンドウが開きます http://www.ustream.tv/recorded/23577092


(山田和彦、やまだ・かずひこ)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※