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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第406号

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ISASメールマガジン   第406号       【 発行日− 12.07.03 】
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★こんにちは、山本です。

 先週の心配が現実になってしまった内之浦宇宙空間観測所。
HPには、土砂崩れが起きた観測所の写真がアップされています。

 梅雨まっただ中の内之浦地方は、また雨の予報が出ています。
これ以上、被害が広がらないように願っています。

 今週は、宇宙機応用工学研究系の戸田知朗(とだ・ともあき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:時間を刻むべきか、否か、それが問題
☆02:2012年度第一次観測ロケット実験について
☆03:宇宙学校・とうがね【東金文化会館】(7月15日)
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★01:時間を刻むべきか、否か、それが問題


 光速よりも速い素粒子の発見が誤報に終わったことに、様々な思いが重なったようです。

物理学の基本法則が破れていると聞けば、その発見と同時代に生きる巡り合わせに、単純に胸躍らせた人も多くいたでしょう。一方、冷静に模様を眺めてきた科学者には、常識通りの結果に早く混乱した事態が収拾するよう願う向きもあるはずです。結局、これは「時間」の問題でした。


 時の流れは連続です。切っても、切っても、その瞬間に対応する時を見出せるという意味において。そして、どの瞬間にも同じ価値がある。でも、私たちは、この連続な時の一定の刻みに意味を持たせます。

刻みのおかげで、私たちは個人、個人の時間に生きるのではなく、共有する時間を生きるようになります。刻むタイミングを揃えれば、正確なリズムも生まれるでしょう。

私たちは、その時刻に従って社会生活を営んでいますね。時間と時刻、どちらも人の生活に欠かせない存在で大変な発明です。そのため、人はその正確さを追求してやみません。無論、その正確な時間や時刻を守るかどうかは、人柄次第。律儀な人も、大らかな人もあって面白いのが人の世です。

悪魔の発明という人もいるでしょう。哲学する方には、時間についてこんな分かったようなことを書くと、大いに怒られてしまうかもしれません。そこは、どうか大らかな気持ちでみてください。


 実は、宇宙にたずさわる者にとって、正確な時間や時刻は身近で大切なツールです。

例えば、臼田宇宙空間観測所などの地上局には、水素メーザと呼ばれる正確な基準信号源が配備されています。地上局の全ての送受信機はこの基準信号に同期していて、その働きは、いわば目にも止まらぬ正確無比な組み体操に例えられるかもしれません。科学観測や深宇宙探査ともなると非常に正確な時間の管理が問われるのです。「時間」の問題は、こういう環境にいても起こりえます。


 金星探査機「あかつき」の運用が始まった頃のことです。「あかつき」には新しく開発した通信機(注)が搭載されていて、再生型測距方式といわれる新しい距離計測手法の実験が予定されていました。

打ち上げに先立つ1年ほど前、この実験準備も含めて、通信機のプロトモデルと地上局の送受信機とを組み合わせた試験を臼田宇宙空間観測所や内之浦宇宙空間観測所で行いました。

準備もあって、「あかつき」の通信機は、設計通り正常な動作を示していました。そこで、打ち上げから2ヶ月ほど経て探査機のほぼ全ての機能チェックを終えた頃、まだ地球に程近い内に(といっても、2500万kmほど隔たっています。)再生型測距方式の試験を計画しました。

勘のいい読者はすぐ気付かれたと思いますが、再生型測距方式が新しいということは、再生しない古い方式が存在するということです。試験計画は、新しい方式と古い方式で入れ替わり測定をして、両者の正確さを比べる内容でした。


 一口に距離の正確さといっても、探査機は動いていますし、正確な位置の予測は取りも直さずこの距離計測によっているわけですから、計測結果だけを並べても結論できません。そこで、取得した一連のデータから軌道決定を行うことになります。問題はここで起こりました。

新しい方式によっても距離計測は内之浦宇宙空間観測所で着々と行われていました。人の目で見るデータのばらつき具合は計測結果の正しさを信じるバロメータで、期待通りの結果が得られていると思われました。

けれども、ここで再生型測距方式の結果が6キロメートルほどずれているという報告が届いたのです。通常、距離計測精度が支配する軌道決定結果の視線方向誤差はメートル台ですから、キロメートルはとんでもない誤差です。


 地上での試験結果から、方式自体にそのような誤差を生む原因がないと自信がありましたので、測距方式以外の原因を探っていきました。すると、再生型測距方式で得られる計測データに付随する時刻データを1秒ずらすと、ぴったり軌道決定ができることが分かってきました。0.9秒でも、1.1秒のずれでも駄目で、きっかり1秒ずれるとよいのです。

原因は、計測データに時間のスタンプを押す測距装置内部の時計が1秒ずれていたからでした。装置をリセットして時刻を同期し直すと、以降、意図的に1秒ずらさなくても、古い方式同様、ぴたっと軌道決定できるようになりました。

内之浦宇宙空間観測所で時刻系補正作業を実施した際に、再生型測距装置の再起動手順が抜けていたため、装置の時刻がずれてしまっていたことが後に分かりました。時間の刻みは正確でも、同期のずれがもたらしたちょっとした混乱でした。


 この原稿が掲載される頃、2012年7月1日、午前8時59分59秒(日本時間)、閏秒が挿入されます。奇しくも、あの1秒のずれが人工的に起こされます。もちろん、現在「あかつき」運用が行われている臼田宇宙空間観測所始め、JAXAの各地上局と運用センターでは、時刻ずれが生じないよう用意周到、準備がなされているはずです。

探査機を追いかける64mアンテナの動きは何とものんびりしていて、つい大らかな気持ちになってしまいますが、ここは油断してはいけません。


注:ISASニュース354号:2010年9月号
 あかつきの挑戦 第6回 深宇宙探査を支える通信システム
 ⇒ http://www.isas.jaxa.jp/j/column/akatsuki/06.shtml

(戸田知朗、とだ・ともあき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※