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2008年 > 第177号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第177号

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ISASメールマガジン   第177号       【 発行日− 08.02.05 】
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★こんにちは、山本です。

 節分の日に雪が降り、翌日の立春にもまだ消えずに凍りついて残っています。「春」が来たのに「寒中」のような寒さです。

 このところ、メールマガジン宛てにくるのは【スパムメール】ばかりです。毎日100通以上のスパムメールを消していますが、もしかして、『質問』や『励まし』のメールまで間違えて消してしまってはいないだろうか……

 悩みは、尽きません。

 今週は、宇宙環境利用科学研究系の黒谷明美(くろたに・あけみ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:バフンウニ採集に行ってきました
☆02:観測ロケットS-310-38号機の打上げは2月6日に延期
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★01:バフンウニ採集に行ってきました

 ここ数日の月は大きくはっきりしていて、月周回衛星「かぐや」が見えるのではないかと錯覚するほどです(この原稿は1月28日に書きました)。月は地球のいきものと非常に密接なつながりをもっています。いちばん大きなかかわりは、潮の満ち引きでしょう。多くの生物が潮に合わせて産卵したりふ化したりします。潮が満ちると海の中になり、引くと陸になる潮間帯(ちょうかんたい)は、さまざまな生物のさまざまな生活環境を作りだし、それが生物の多様性を産むもとにもなっていると考えられます。

 潮の満ち引きは、月の引力、地球と月、および地球と太陽の共通重心を回る回転運動による遠心力の合力によって起こる現象です(正確に説明しようとするとなかなか複雑)。新月や満月のときには、地球・月・太陽が一直線に並ぶため、引き潮と満ち潮の差の大きな大潮になります。

 1月22日は満月の大潮でした。毎年1月中旬から下旬あたりの大潮の日(満月でも新月でも)は、「バフンウニ採集」の日になっています。潮に同調したいきものの神秘とは関係なく、よく引いてくれた方が採集しやすいという人間の都合です。

 ウニは、食材として大変魅力的ないきものですが、食材となる卵巣や精巣などの生殖巣は、生物学の研究にとっても、とても魅力的な生物試料です。主に卵や精子そのものについての研究や、受精卵がどのようにその後の形づくりを進めていくのかを調べるような発生学の研究や学生実習によく使われます。

 バフンウニは、冬が産卵期であるウニであり、冬期のウニを使った研究あるいは学生実習の最も一般的材料です(私のウニを使っての研究については、以前のメルマガをご覧下さい)。このため、「バフンウニ採集」は、関東近郊のウニを使っているさまざまな研究者が集まり、合同で行います。特別に漁業組合に許可をいただいて行うものなので、このメルマガを見た人が、勝手に採りに行ったりしたら、密猟になります! 捕まります!!

(メールマガジン第7号:ISASでウニを飼っています
 ⇒ http://www.isas.jaxa.jp/j/mailmaga/backnumber/2004/back007.shtml
メールマガジン第81号:春の憂い −骨と重力−
 ⇒ http://www.isas.jaxa.jp/j/mailmaga/backnumber/2006/back081.shtml

 今年はやや少なめの30名弱の参加でした。千葉県館山市にあるお茶の水女子大学の湾岸生物教育研究センターを基地として、夜7時半に車で出発します。

 この日の最大の引き潮は10時過ぎでした。1時間半くらいで、外房の小湊、鯛の浦に到着。そのあたりの磯が採集場所です。着いたらすぐに「ウニ採集装束」になります。防水のジャケットを着て、胴長を履きます。首にタオルを巻く人、マスクをする人、目だし帽をかぶる人(私)、みんな思い思いに防寒対策をします。腰やお腹には、使い捨て懐炉が貼られていたりします。そして、手には長いビニール手袋、その上に軍手をはめます。あとは、バケツと磯がねをもって、磯に出て行きます。このような不思議な姿の人たちが、夜の海にそろって出て行くのはかなり怪しい感じです。漁協の担当者も同行して監視しています。

 ウニのいるところまで、磯の岩上を進むのは、ちょっと大変です。胴長なので、膝が曲がりにくい上に、岩の上には、ヒジキや岩のり(高価!)などが付着していてとても滑ります。これらは漁師さんたちにとっては、大切な商品でもあるので、あまり乱暴に踏みつけたりすることも禁止されています。

 バフンウニは岩だなと呼ばれる海に突き出した棚の下、しかもその棚の中に砂が入っているようなところに、ぎゅうぎゅうと固まっています。まるで馬糞のように。

 岩だな以外では、砂地にある岩の下にびっしり付いていることが多いので、岩をひっくり返して採集、また岩をもとのように戻すという作業が続きます。もとに戻すのは、岩の下に棲んでいるさまざまないきものたちの生活を尊重してのことです。ウニの固まりにはなかなか出会えなくても、カニ、アメフラシ、ナマコ、ヒトデ、トコブシ、ムラサキウニなど、さまざまないきものに遭遇できます。

 腰やら腿やら痛くなって、バケツも重くなってきた頃(2時間ぐらい)、終了になります。あとは、基地まで戻り、大事なウニたちを水槽に入れ、道具を洗った後、お酒と鍋番の人たちが作っておいてくれた熱々のお鍋で暖まりながら、さまざまな研究者や学生と話をするのが恒例です。実は、私が宇宙研に就職したきっかけは、もう何年も前のこの「バフンウニ採集」での会話でした(この話は長くなるのでしませんが)。

 「バフンウニ採集」では、年々、体力の衰えを感じています。すぐに腰が痛くなるし、ウニ採り時ではないけれど、一度骨折を経験してからは(メルマガ第81号参照)、滑る岩の上を歩くのがとても怖くなり、すばやく動けなくなりました。でも、これだけはまだまだやめられません。寒くても腰が痛くても、私にはとても楽しいのです。

 今年は満月の大潮とはいえ、あいにく厚い雲が空を覆い、辛うじて月の位置がわかるくらいでしたが、採集しながら、きれいな満月や、月の無い夜の降るような星を見ていると(星月夜)、私もウニもそのほかの海のいきものもみんなこの地球の上に生きているという何とも不思議な感動をおぼえます。いつまでもウニ採集のできる地球であり続けてほしいと真剣に思います。

 さて、ウニ採集も終わり、相模原に戻ってくると雪が舞っていました。坂道などはシャーベット状の雪でツルツルでした。滑りやすいヒジキの岩を歩いてきた私は、いつもよりスイスイ歩けました。骨折しないためにも、日頃の訓練はやっぱり必要なようです。やはりウニ採りはやめられません。

(黒谷明美、くろたに・あけみ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※