宇宙航空研究開発機構 ISASサイトマップサイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2007年 > 第163号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第163号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第163号       【 発行日− 07.10.30 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 台風一過の相模原は秋の色が濃くなってきました。正門から続くカツラの並木は日当たりのよい木から黄葉が広がっています。落ち葉掃除をしている守衛さんには大変な季節がやってきました。

 今週は、宇宙探査工学研究系の曽根理嗣(そね・よしつぐ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙の電池屋、右往左往(その2)
☆02:「かぐや」定常制御モードへ
☆03:【内之浦宇宙空間観測所】特別公開
───────────────────────────────────

★01:宇宙の電池屋、右往左往(その2)

 もう、だいぶ前の話になりました。でも思い出深い運用でした。

 「宇宙開発身分制度」=「士>農>工>商>電源>バッテリ」とは、私のNASDA(JAXAの前身のひとつ・宇宙開発事業団)時代の上司であった故・桑島三郎氏の言葉。電池屋が日の当たる場所で語られることは、普通はありません。困ったときには呼ばれ、うまくいっているときには「もうお前なんかいらん」と言われる。でも、学会に出て、論文を読んで、手元でも実験をして、困ったときには必ず力を出せるように爪を磨いておく。

 そこに美学を感じています。

 僕が幼かった頃、地球はガミラスと戦っていました。人類の存亡をかけて立ち上がる男たち。世界中から集められるエネルギー。モスクワはサヨナラを打ち続けていました。

 それでも送られてくるエネルギー。失敗は許されない。発進のチャンスは一度きり。
「機関長、エネルギーは目一杯充填してくれ。」
艦長の言葉は重い。
エネルギー充填120%。
動力始動。
鹿児島県沖から旅立つ宇宙戦艦ヤマト。
「必ず帰るから、真っ赤なスカーフ、きっとその日も迎えておくれ」

 さて、現実の世界で、「君は、生き延びることができるか」。

 「あかり」が上がり、「ひので(当時はまだSOLAR-B)」の打ち上げが迫る中、2006年5月の連休中(だったと思います)に、「はやぶさ」の川口プロジェクトマネージャから連絡をもらいました。
「電源関係者をメーカまで含めて集めて欲しい。」

 SOLAR-Bの試験のために連休中にもかかわらず家族の恨みを買いながら試験の立会いをしていた中、急ぎ集められた電源関係者を含めた「はやぶさ」運用会議が開かれました。
「サンプルカプセルの蓋が閉じていない。」
「電力供給にはバッテリのパワーが必要。」
「バッテリは過放電に弱いリチウムイオンバッテリ。既に過放電している。」
「再充電をして、電力供給ができるか。」
各キーワードを聞きながら、頭の中を状況が駆け巡る。さて、どうしたものか。

 再充電をしたい。でも、軌道上のバッテリの状態がよくわからない。やり方はあるか?

 前提条件として
「探査機を危険にさらすことは絶対に避けるべき。(川口プロマネ談)」
不具合に興じるようなことはあってはならないのですが、電池屋冥利につきる要求を投げかけてくれた探査機とプロジェクトマネージャに感謝しつつ、心積もりを始めました。
電池製造メーカである古河電池の江黒氏曰く、「意気に感じて」腹をくくりました。

 遡ること同年1月。それまで通信に支障をきたしていた「はやぶさ」からの通信が回復した際、電池に係る再生データは惨憺たるものでした。そもそもバッテリは一台しかない。11個のリチウムイオン二次電池が直列につながって一台のバッテリを構成している。この11個の電池のうち、3個は確実に死んでいる。1個は弱っている可能性が高い。残りの7個は元気に見えるけれども実際のところは不明。この7個の電池は、不思議と満充電に近い電圧を示す。

 そのとき、なぜか、バッテリの充電保護回路が動作モード(Enable)になっていました。この回路はバッテリに電流を供給し過ぎたときに電流を迂回させるための「バイパス回路」です。この回路に電流が流れると発熱を起こすため、意図的に動作モードにするコマンドを打たない限り、本来は非動作(Disable)の状態であるべきものでしたので、おそらく地球との通信が途絶している間に何かの弾みでスイッチが入ってしまったのでしょう。我々はこの回路を非動作に戻しました。電池屋からすれば、この作業が最後の「お勤め」になるはずでした。

 その直後(確か土曜日)、「はやぶさ」運用室から携帯に電話をもらいました。
「バッテリの電圧が下がってきています。これは異常ではないですか?」
「う〜ん、電池は放っておけば勝手に放電はします。でも、さすがに急ですね。」
「安全ですか。」
「悪さをすることは、もうないと思います。」
古河電池の担当である大登さんに電話を入れる。
「思い違いをしていないよね。あの子は、いまさら悪さをすることはないでよね。」
「ええ、安全は、安全だと思います。でも、とうとうバッテリは死ぬんですね。」
「はい、よくがんばりました。使命は果たしました。初めてのリチウム電池、古河さんの技術は流石でした。ご協力ありがとうございました。」
 大げさに聞こえるかも知れませんが、目頭が熱くなりながら電話を切りました。

 さて、それにしても、物事がこんなに急に変化することはないはずだ。
バッテリの自己放電は高々4mA。これはモニター回路を経由した放電で、必ず起こること。けれども電圧変化を急に起こすことのできるほどの流れではない。それとも、たまたま電圧が大きく下がるタイミングにあったのか。
「どんなデータでもこだわりを持って、とことん考えろ」
って、工藤徹一先生(大学院時代の恩師)もおっしゃっていたよなあ。

 NTスペースの電源担当である吉田さんと連絡を取り合う。
「電池の電圧に急な変化がありました。原因を知りたい。今までと違うことは、バイパス回路をDisableにしたこと。」
その後も電圧は下がり続ける。確実に死んでいた3個の電池と、怪しかった1個の電池の電圧の下がりが早い。電池屋がいうところの「過放電」状態のデータが出始める。(こんなフェーズの電池データなんて、しかも無重力環境でのデータなんて、俺たちにしか見られない。まだ、データ解析は続けよう。)
「わかりました。バイパス回路を動作させると、電池の端子間にも電圧がかかります。このとき、本来の充電電流から比べれば無視されるような小さい電流ですが、電池を充電する方向に電流が流れます。」
「この電流は、バッテリのプラス側に近い電池ほど小さくて、マイナス側に近づくほど、徐々に大きくなります。」
「どのくらいの電流なんですか?」
「一番小さい値で2mA、11番目の電池には22mAです。」
(これは空っぽの「はやぶさ」バッテリを充電するのに600時間以上を要する値。)
「さすが、リチウム電池ですね。副反応が少ないので、ほんのわずかな電流が電池を充電させていたんだ。」
「バイパス回路をDisableにしたときに、この微小充電電流による電圧のクランプがなくなったから弱っている電池の電圧が明確に顕れたんですね。」
「これ応用したら電池を再充電できるかも。電池を殺さずに残しておくことが可能かも知れないですね。」
「でも、たとえ充電したとしても、放電する際には弱っている電池にも電流を流すことになる。今生きている電池だけでは、ほんのわずかな間だけしか「はやぶさ」に電気を供給できない。実運用に耐える状況ではないですね。」
「電圧低下の原因はわかりました。いずれにしても、探査機に迷惑をかけないことはわかりました。状況は、プロジェクトにインプットします。」

 5月連休中の運用会議の最中、奥の手は、バイパス回路Enable(動作モードにすること)だと思いました。カプセルのふた閉めに要求される電池の放電時間は数分程度。何度も繰り返し充放電を試みるほどの勇気はない。
機器の駆動には28V以上が望ましい。残っている電池は7個。4Vまで充電したとして、合計電圧28V。バイパス回路を動作させたときの到達可能な電圧は4.15V前後になるはず。ぎりぎりまで充電すれば何とかなるかな。可能な限り充電して、蓋を閉めよう。必要な放電時間は、幸い、短い。

 色々な手段を地上にて試験しました。最後には、もっとも安全な手段をとることとしました。供給可能な最小電流をバッテリにくれてやろう。「バイパス・イネ」だ!(バイパス回路をEnableにすることです。当時、この運用はこういうキーワードで呼ばれ始めました。)

 毎日少しずつ、探査機を見ていられる間だけ充電しよう。温度が上がったら、即中止。できることから少しずつ。
「本当に安全なんだな」
「大丈夫だと思います。はやぶさからすれば『通ってきた道』です。はやぶさは通信が途絶していたときに、勝手にバイパス回路をEnableにして7個の電池を生かしておいてくれました。その後に放置した間、時間とともに電池の状態は変わってしまいましたが、これまでの試験の結果から考えると大丈夫だと思います。」

 SOLAR-Bの打ち上げ最終段階、はじめてのシステム側の仕事はシステムマネージャ・衛星保安主任。緊張する。コンタミ。雷。地上系のトラブル。

 相模原では「はやぶさ」のレスキュー運用が続く。内之浦の打ち上げ場に日々送られてくる「はやぶさ」の運用データ。今日も無事に充電できた。
あと何日かかるのか。理屈通りなら、多くても120日で終わるはず。それで満充電にできなければ、電池は我々の知らない問題を抱えているかも。
それとも思ったよりも自己放電が大きいのか。

 「チャンスは一度」きり。「目一杯」充電しよう。

 併せて、古河電池での検証試験が続く。充電後の電池は、本当に放電できるのか。

 最後の瞬間はISASのホームページにあります。どうかご参照下さい。
(ただし、どうかまねはしないでくださいね。)
http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2007/0130.shtml

 ホームページを見てくださったかたたちが、それぞれに開設しているブログに熱いメッセージを書いてくださっていました。

萌えていただいた方、
ありがとうございます。

私の食べ物に興味を持ってくださった方、
好きな食べ物は納豆です。粘りが命。レタスも好きです。

 プロジェクトが人心地ついた今、大事なことは体を整えること。今の趣味は肉体改造です。ビリー隊長にもお世話になりました。4ヶ月で15kg落としました。

 探査機もバッテリも、このくらい簡単に質量を落とせると良いんだけどなあ〜。

(曽根理嗣、そね・よしつぐ)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※