宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2005年 > 第27号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第27号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第027号        【 発行日− 05.03.08】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★ こんにちは、山本です。
 3月に入って関東南部にまさかの雪が積もりました。でも、さすがに『春の雪』は天候の回復とともに、アッという間に溶けてしまいました。
 さて今週は、昨年末に南極での日米共同実験に参加された、大気球観測センターの福家英之(ふけ・ひでゆき)さんです。

―― INDEX――――――――――――――――――――――――――――――
★01:南極大陸遠征記
☆02:ASTRO-F 総合試験始まる
☆03:内之浦宇宙空間観測所から見たH-IIAロケット7号機の飛翔光景
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

★01:南極大陸遠征記

 昨年末に南極で気球を用いた宇宙線の観測実験を実施しました。上空で南極を一周して観測を終え千キロほど離れた棚氷上に着地した測定器を回収しに出かけた際の様子を、パスティーシュ風に綴ってみました。一部誇張もありますが、普段は研究室に籠もっていてもたまには大自然の中に飛び出して作業する気球実験の現場の雰囲気を感じていただければと思います。

 轟音とともに白い大地に降り立った大型輸送機が、その巨体を揺らしながら、氷との摩擦で静止するのを待ちきれぬように貨物室の後方を耳元まで裂ける口の如く大きく開けると、舞い上がった小雪が忽ちにして無数の咆哮の渦となって機内に押し寄せた。喜び勇んで飛び出そうとしていた機内の四人は機先を制され一瞬の躊躇を覚えたが、すぐに気を奮い立たせステップを駆け降りた。四人を出迎えたのは猛烈な風だった。地の果てから助走をつけて体当たりをしてくるような風が輸送機のプロペラで掻き乱され、狂気の舞を見せていた。二時間前に輸送機が離陸したマクマード基地の天候との余りの違いは驚異的だった。これが内陸の気候というものであろうか。この天気が既に一週間も続いていると知ると、我々の回収作業の行く末を暗示しているような気がして寒気とは別のものが背筋を走った。

 其処はテント小屋が一つ二つ在るだけの小さなベースキャンプだったが、施設の維持のため三人の男女が常駐していた。彼らは久々の来客をもてなす様に人懐っこい笑顔で歩み寄り、名を名乗った。しかし、その言葉は吹雪にかき消され、少しも聞き取ることはできなかった。彼らの案内でテント小屋に入り、天候を窺った。

 待つこと一時間。嘘の様に風が止んだ。キャンプ常駐者の一人を加えた五人は早速回収地点に向けプロペラ機に飛び乗った。風は収まったものの、空から見る大地は依然として雪煙に覆われ、雲と大地が渾然一体としていた。観測機の落下地点はGPS情報を基にすぐに判明したが、白一色の中を地平線の在り処を模索しながら着氷する作業は容易くはなかった。プロペラ機は二十分ほども、旋回しながら徐々に高度を落とし、ようやく意を決したように広大な氷原に降り立った。

 五人の目に飛び込んできた測定器は一見すると、十日前、深い々々蒼空にどこまでも高く昇っていった雄姿とは別物であるように見えた。だがそれは、太陽電池パネルがその設計通りに着地の衝撃を吸収してぐじゃぐじゃになったことが目を惹くためであり、むしろそのお蔭で測定器の本体は無傷だった。測定器をプロペラ機の小さな扉から積み込むため、二トンもある測定器の解体作業が始まった。チェーンソーがけたたましい音を立てて太陽電池のフレームに斬りかかった。その音が南極の大気に吸い込まれちっとも反響しないことが虚無感を増幅させた。百ミクロン単位で組み上げた精密機器も、紙のように薄い超伝導コイルも、解体する必要があった。時として素手になって解体手順を踏む時、指先に感じる刺すような感覚は測定器が訴える痛みに思えた。

 気付くと朝四時だった。白夜だった。一旦ベースキャンプに戻り、テントで休息をとり、再び現場での解体作業を続けては、また戻って寝た。聖夜だった。その翌日は休養に充て作業計画の細部を詰めた。キャンプの三人が御馳走で持て成してくれた。

 解体は順調に進んだ。それに歩調を合わせる様に日差しが強くなった。シャツ一枚でも良いくらいになった。だが、五人は天候の急変を恐れ先を急いだ。南極の天候がいつ裏切るかもしれないことをそれまでの滞在で知っていた。作業の合間には水をガブガブと飲んだ。空気は怖ろしく乾いていた。つい先程まで零下二六八度まで冷やされていた筈の液体ヘリウムタンクを取り出しても霜は付かなかった。地表の雪氷も粉砂糖のようにパサパサだった。ブーツは殆ど沈み込まず、その表層の粉雪の下は深さ一キロも続くサクサクとした氷で、橇がよく滑った。食べ物はチョコレートが主食だった。奪われる体温を補うためにひたすらカロリーを補給した。

 一体何本目のチョコレートバーを齧った後だったか、遂に全ての解体が完了した。プロペラ機への積載作業は残っていたが、漸く見通しが立ったのだ。いつの間にかすっかりと晴れ渡った空に満面の喜色を照らし出すと遠くの方に綿菓子のような雲がぽっかりと浮かんでいた。

http://www.isas.jaxa.jp/j/snews/2005/0111.shtml
http://www.isas.jaxa.jp/j/snews/2004/1213.shtml

(福家英之、ふけ・ひでゆき)


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※