宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASコラム > きぼうの科学 > 第5回:結晶の形の不思議を探る

ISASコラム

第5回:結晶の形の不思議を探る

(ISASニュース 2008年12月 No.333掲載)

 マランゴニ対流実験に続き、「きぼう」では氷の結晶成長実験「氷結晶成長におけるパターン形成」(代表研究者:北海道大学 古川義純教授)が12月2日から始まりました。この実験では、「溶液結晶化観察装置(SCOF:Solution Crystallization Observation Facility)」と「氷結晶成長実験用供試体(Ice Crystal Cell)」を用いて、氷結晶の形態観察、結晶周囲の温度拡散場計測を行います。SCOFは2008年3月に土井隆雄宇宙飛行士の乗ったスペースシャトルで国際宇宙ステーションに運ばれた共通実験装置です。結晶成長の様子を詳しく調べるための観察機能を備えた結晶成長装置であり、氷の実験以外でも用います。Ice Crystal Cellには、本実験のための実験試料、温度制御機能、干渉計などが入っており、SCOFに接続して使います(図1)。2008年11月に打ち上げられたスペースシャトル「エンデバー号」で宇宙ステーションに届けられたばかりです。今後数ヶ月にわたり、さまざまな温度における氷の結晶成長を繰り返し観察することになっています。
図1 氷結晶成長実験用供試体(Ice Crystal Cell)内部
約25cm×30cm×21cmのサイズに多機能を詰め込んでいる。
 では、なぜ宇宙で氷の結晶成長実験を行うのでしょうか? 結晶の成長に伴うパターン形成(形の変化)は、これまで、サクシノニトリルなどのモデル物質を用いて詳しく調べられてきました。Mullins-Sekerka不安定と呼ばれる理論により、樹枝状に成長するサクシノニトリル結晶のパターン形成についてよく説明することができます。しかし、氷結晶のパターン形成については、この理論では必ずしもよく説明できないことが分かりました。サクシノニトリル結晶は異方性が極めて小さいのに対し、氷の結晶には大きな異方性があるからです。氷結晶は、成長初期には円盤状であり、やがて円盤の縁で凹凸が生じ、最終的には雪結晶と同様な6回対称の薄い樹枝状結晶になります。円盤状結晶は分子的に平坦な面である円盤の面と、分子的に荒れた面である円盤の縁の面(外周部)との組み合わせからなっており、それぞれ層成長とラフニング成長という代表的な2種類の結晶成長様式で成長するため、円盤状結晶が不安定化して樹枝状に変化していく過程を説明するためには、この異方性を考慮した新しいモデルが必要です。今回の実験目的は、モデルの検証を行うために、対流などの擾乱を完全に排除できる長時間微小重力環境において、結晶成長その場観察実験を繰り返し行うことにあります。
 実験方法を簡単に説明しましょう(図2)。Ice Crystal Cell内の核形成セルを冷やすと氷ができます。その氷はガラス細管を通って結晶成長セルへ導かれます。温度制御された結晶成長セルの中で氷が成長する様子、特に円盤状の結晶が不安定な状態になるときの様子を、SCOFとIce Crystal Cellの両方の観察系を用いて詳細に観察し、その厚みや直径、成長速度を計測します。また、結晶周辺の局所的な温度を、マッハツェンダー型干渉計を用いて詳細に調べます(図3)。
 氷は惑星空間から地球圏に至るまで最も普遍的に存在する結晶です。その氷が成長するときに、形がなぜ変化していくのかさえ、私たちはまだはっきりとは知らないのです。この実験は基礎的ではありますが、その成果は、結晶成長学や物理学の範囲に限定されず、広く惑星科学、地球科学、環境科学などにも密接に関係しているといえます。
図2 氷結晶成長実験用供試体セル部模式図
2方向から観察することで、結晶の立体的な形、3次元温度分布が分かる。
図3 ガラス管の先端から成長している円盤状氷結晶
左:振幅変調顕微鏡写真。
右:マッハツェンダー型干渉顕微鏡写真。結晶周辺の温度が変化すると、その部分のしまが曲がる。画像からしまの曲がり具合を調べ、計算によって結晶周辺の温度を調べることができる。