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ISASコラム

第4回:「きぼう」でのライフサイエンス宇宙実験がスタートする

(ISASニュース 2008年11月 No.332掲載)

 ライフサイエンス研究は、(1)人類の活動領域の拡大に向けた健康、安全、環境、生活向上の課題探求と、(2)地球表面の環境条件に限定されない普遍的な生命の法則探求、を目標としています。国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」を利用して、これらの目標を達成し科学成果を創出するために、時系列的に「宇宙ゲノム科学」「宇宙行動科学」「宇宙環境科学」を縦軸に、一方、宇宙環境の特質である「微小重力環境」「放射線環境」「宇宙空間と閉鎖環境」を横軸として、「重力感受に関する生命現象の解析」「宇宙放射線の生物影響の解析」「宇宙環境への適応と利用」の3つの研究領域を設定しています。

 「きぼう」の初期利用ではまず、生命の最小単位での知見を獲得することを目指しています。遺伝子やタンパク質の発現を中心とした細胞・分子レベルの視点から宇宙環境(特に微小重力と放射線)における生物影響を解明するために、「神経生理」「細胞生物・動物」「植物生理」「放射線生物」という4つの宇宙実験プロジェクトを現在、推進しています。

 「神経生理プロジェクト」は、宇宙環境が中枢神経系や神経系情報伝達過程を経て筋骨格系に及ぼす影響の生理的メカニズムの解明と、宇宙酔い、筋萎縮、骨量減少など、宇宙環境に特有の症状を克服する手段の開発を目指します。「細胞生物・動物プロジェクト」は、宇宙環境の生物影響として生命の最小単位である「細胞」の内部で起こるさまざまな現象を分子レベル(遺伝子やタンパク質)で解析し、宇宙環境への生物の適応、多様性についての基礎生物学的知見の獲得を目指します。特に、筋構成および筋分解に関連する遺伝子やタンパク質を解析して、微小重力による筋萎縮の分子機構に関する知見を得ます。「植物生理プロジェクト」は、重力に抗して植物体を支える支持組織の構築や抵抗性、水分屈性や重力屈性などのメカニズムの解明を目指します。「放射線生物プロジェクト」は、宇宙放射線の低線量長期被曝における生物影響を細胞レベルから個体レベルまで解析して、宇宙放射線の生物リスクの正しい評価と対策および今後の基盤的有人技術開発への貢献や新しい科学的知見の獲得を目指します。さらに宇宙放射線に応答する遺伝子を特定し、微小重力と宇宙放射線の相互作用に関する知見を得ます。各プロジェクトには複数の研究テーマがあり、毎年実施する予定です。

 本年(2008年)は、11月14日に打上げ予定のスペースシャトルで実験用凍結細胞を宇宙用冷凍庫に収納して「きぼう」に届け、放射線生物プロジェクトの実験を2つ実施します(図)。宇宙ステーションでは、低線量・低線量率の宇宙放射線に長期間さらされます。宇宙放射線の直接的・間接的な被曝影響によって、どのような遺伝的影響が生じるのでしょうか。さらに微小重力による影響はどうでしょうか。「哺乳動物培養細胞における宇宙環境曝露後のp53調節遺伝子群の遺伝子発現(略称:RadGene)」は、細胞の遺伝的安定性をつかさどるがん抑制遺伝子の一つp53が調節している遺伝子群の発現を解析することを目的にしています。宇宙環境でp53が正常に働くことができるか否かを明らかにして、宇宙にヒトが長期間滞在した場合のp53を中心とした遺伝子群の情報伝達系の解明に役立てるものです。「ヒト培養細胞におけるTK変異体のLOHパターン変化の検出(略称:LOH)」は、宇宙放射線による遺伝的影響を高感度に検出する実験です。この遺伝的影響を高感度に検出するのに、ヒト培養細胞で遺伝解析のできるLOH変異解析システム(Loss of Heterozygosity:ヘテロ接合性の喪失)を利用します。「ヘテロ」とは「異なる」という意味のギリシャ語で、「ホモ(同じ)」の反意語です。LOHとは対立遺伝子の一方が消失する現象で、染色体を変異させたヘテロの遺伝子の安定性を指標にした解析方法です。

 これらの放射線影響に関する「きぼう」での実験は、長期間の宇宙滞在による宇宙飛行士などへの健康影響を推測する上で有用であり、今後も人類が宇宙環境を積極的にしかも安全に利用していく上で非常に重要です。
凍結細胞試料の宇宙用冷凍庫(Glacier)収納作業。ケネディ宇宙センターにて。