宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASコラム > きぼうの科学 > 第2回:日本実験棟「きぼう」での宇宙実験が 順調にスタート

ISASコラム

第2回:日本実験棟「きぼう」での宇宙実験が 順調にスタート

(ISASニュース 2008年9月 No.330掲載)

 新たな扉が開かれました。国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」における宇宙実験が始まりました。記念すべき第1番目の研究テーマは「マランゴニ対流におけるカオス・乱流とその遷移過程」であり、微小重力環境下での表面張力差による対流(マランゴニ対流)を観察し、流れの遷移現象を解明する研究です。

 2008年8月22日6時53分に筑波宇宙センターより送信された液注形成のコマンドにより実験がスタートし、順調に液柱(円柱形状の液体)がつくられ、マランゴニ対流を観察することに成功しました。上空400km、90分で地球を周回している国際宇宙ステーションからリアルタイムでダウンリンクされている画像やテレメトリデータから、マランゴニ対流の様子を瞬時に判断しながら次々とコマンドを送信し実験を進めていきます。あたかも隣の実験室で実験をしているのでは? と錯覚するくらい質の高い画像、短い遅延時間で、感動的ですらあります。

 さて、ここからはマランゴニ対流について簡単に説明したいと思います。マランゴニ対流は、名前からしてなじみがないので内容を聞く前から拒絶する方もいるようですが、実は身の回りでもごく当たり前のように見られるマランゴニ効果により発生する流れです。例えば、水面に油を1滴落としてみましょう。油が水の表面で素早く広がり虹色の薄膜になる様子は、誰でも見た経験があると思います。ワインの好きな方は“ワインの涙(tears of wine)”をご存じかと思いますが、これもマランゴニ効果による現象の一例です。ワインをグラスに注ぐと、グラスとの接触面で毛管力によりせり上がるメニスカスが形成されます。アルコールの蒸発により、メニスカス先端部分は水の濃度がより高くなり、局所的に表面張力が大きくなります。表面張力の大きい先端部分が、周りの液体をグラス内面に沿ってよりいっそう上に引き上げ、液滴状になります。地上では重力がありますから、液滴が大きくなると下にしたたってきます。それが涙のように見えるというのが、ワインの涙と呼ばれるゆえんです。表面張力は温度や濃度によって異なります。一般的に温度が低いほど強く、高いほど弱くなる性質を持っていて、その力の不均衡によって駆動され生じるのがマランゴニ対流です。

 「きぼう」で行われている実験は、直径30mmの液柱に発生するマランゴニ対流を観察・計測するものです。シリコーンオイルの液柱は、円形のディスク間に挟まれ、長さを最大60mmまで変えることができます。ディスクの一方を加熱、他方を冷却することにより液柱の表面に温度分布がつき、表面張力差により加熱側から冷却側に引っ張られ、それが液体全体の流れとなります。温度差を大きくすると速い流れとなり、ある条件で突然流れの様子が変わります。遅い流れでは定常的な運動であるのに対し、速くなると時間的に変動する振動流に遷移します。振動流にもさまざまなパターンが存在し、最終的には非常に乱れた流れ(乱流)の状態になります。今回の宇宙実験では、振動流に遷移するときの温度差や液柱形状の影響を調べるとともに、乱流に至る過程を明らかにします。

 マランゴニ対流に関する宇宙実験は、2011年ごろまで継続的に行うことが計画されており、その実験を通じてマランゴニ対流についての体系的理解を完結させようと考えています。今回の宇宙実験を皮切りに世界に先駆けたデータを取得し、この研究分野で日本は主導的な役割を担っていけると確信しています。これらの研究の成果は、流体物理の進展に貢献するのはもちろんのこと、基礎的知見の獲得を通じて半導体や酸化物などの結晶成長プロセスの高度化、高性能熱交換器開発、マイクロ流体ハンドリングなどの技術分野に応用されることが期待されます。

 「きぼう」での実験は、研究者や学生だけで成り立つものではなく、実験装置の開発、実験運用計画、実運用に至るまで、宇宙飛行士を含め国内外の多くの関係者の尽力があってこそ、成果として実ります。その一員として宇宙実験を担っていることに責任を感じるとともに、充実感を味わっているところです。

 次回は、宇宙実験のさらに内側に関する報告ができると思います。ご期待ください。
「きぼう」内で形成した液柱の側面観察画像。シリコーンオイルの液柱で、直径30mm、長さ15mm。