宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASコラム > かぐや(SELENE)の科学 > 第7回:電波と粒子線で迫る月の謎

ISASコラム

第7回 電波と粒子線で迫る月の謎

(ISASニュース 2007年12月 No.321掲載)


電波で見る月の電離大気(RS)
 電波科学(RS:Radio Science)が狙うのは、月を覆う電気を帯びたガス、電離層です。おかしいな、月は真空のはず、そう思う方が多いでしょう。実は月面の近くには、月から飛び出したアルゴンやネオンといった原子が飛び回る、とても薄い大気があります。ここに太陽からの紫外線が当たると、電子とイオンが発生して電離層ができます。

 月の電離層の濃さは、理論的な予想によれば1cm3あたり電子が1個程度で、これは地球の電離層(1cm3あたり100万個)に比べれば、ないに等しいものです。そう予想するのは、太陽風という電気を帯びた希薄なガスが太陽から吹き付けて、月の電離層をはぎ取ってしまうはずだからです。ところが、月面から50kmの高さにわたって1cm3あたり1000個もの電子があるという報告が、1970年代にソ連の電波科学観測によってもたらされました。月周回機が地球から見て月の裏側に隠れるとき、周回機から地球に向けて送られる電波が月の縁のあたりでわずかに屈折したのです。この屈折は、電波が月の電離層の中を通ったために起こったと結論されました。しかしこの報告は、理論的な予想とあまりに違うこととデータが少ないことから、あまり受け入れられていません。

 月に電離層はあり得るのでしょうか?例えば、月の地殻に点在する残留磁気が太陽風から電離層を守るかもしれません。月の内部から局所的にガスが染み出て、濃い電離層のもとになるかもしれません。また、月の上空には細かなちりが静電気で舞い上がっている可能性があるのですが、一緒に電子が漂っているかもしれません。いずれにせよ、従来の月面のイメージを変えるものですし、月での電波観測など将来の人類活動にもかかわってきます。

 「かぐや(SELENE)」の電波科学は月の電離層の有無に決着をつけ、あるとなればそのメカニズムを探ります。子衛星の1つであるVRAD衛星「おうな」が発する電波が月面近くを通る様子を、繰り返し調べます(図1)。電波は長野県にある直径64mのアンテナで受信されます。38万kmの距離を電波で結んで行う、壮大な実験です。



図1  電波科学のイメージ

粒子線で見る月の科学(CPS)
 粒子線計測器(CPS:Charged Particle Spectrometers)は、月面から放出される希ガスであるラドン元素(元素記号Rn)が放射線崩壊する際に放出するα線を計測するARD(Alpha Ray Detector)と、月周辺での宇宙粒子線(太陽や遠い銀河からやって来る粒子線)環境を計測するPS(Particle Spectrometer)の2つの装置からなっています。CPSは、いずれの装置もシリコン半導体検出器という非常に高いエネルギー分解能をもったセンサを、複数枚組み合わせることによって構成されています。

 Rnという元素は、「ラドン温泉」という名前で聞いたことがある人も多いかもしれません。Rnは気体で、月の進化や月表面の短期変動をとらえる手掛かりとなる、α線を放出する放射線ガスです。ARDは、アポロやルナ・プロスペクタに搭載された検出器に比べて20倍以上の観測感度をもっています。過去の観測ではRnガスからのα線の空間分布しか調べられませんでしたが、α線の時間変化も調べることができます。Rnガスの放出量は、月表層の地下構造や月表面の地殻変動と密接に関係していると考えられています。ARDはRnガスの放出を観測することにより、月の内部構造や進化の歴史を調べることができます。「かぐや」の観測期間中にRnの大きな時間変動が観測されれば、ガスの放出場所を特定できる可能性があります。ガスの放出場所では、Rnガスだけでなくほかの気体の放出も期待されるため、「かぐや」に搭載された別の粒子検出器との同時観測により、月の地殻にどんな気体が閉じ込められているかを知ることができるかもしれません。

 PSによる月周辺環境での宇宙粒子線計測は、太陽活動に伴って太陽から放出されるエネルギーの高い粒子や遠い銀河で加速された宇宙粒子線を計測します。これらのデータは、将来の月面における人類の活動において必要となる、宇宙放射線環境の基礎データを提供するものです。



図2 「かぐや」に搭載され打上げを待っていたARD検出器