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ISASコラム

宇宙・夢・人

“人類初”を見つけたい

(ISASニュース 2012年2月 No.371掲載)
 
月・惑星探査プログラムグループ 研究開発室 開発員 矢田 達
やだ・とおる。理学博士。1971年、福岡県生まれ。九州大学大学院理学府地球惑星科学専攻博士課程修了。学術振興会特別研究員(PD)として、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻、アメリカ・ワシントン大学(セントルイス)に在籍後、台湾・中央研究院PD研究員を経て、2006年より現職。専門は、始源惑星物質科学、同位体宇宙化学。
Q: 小惑星探査機「はやぶさ」がイトカワから持ち帰った試料のキュレーション作業を担当されているそうですね。まず、キュレーションとは?
イトカワの試料は宇宙空間で試料捕獲容器ごと試料コンテナに密封されて地球に届きました。私たちはまず、それを開封して試料を回収します。次に、初期記載といって、試料の大きさや元素組成の測定、写真撮影などを行い、試料の特徴を記載し、カタログ化します。そして、試料を保管するとともに、分析をする研究者に配布します。その一連の作業をキュレーションと呼んでいます。
Q: キュレーション作業の難しさは?
一番大変なのは、試料が地球環境で汚染されないようにすること。大気、ほこり、人の汗……、あらゆるものが汚染源です。すべての作業は外気から遮断され高純度な窒素で満たされたチャンバーの中で、マニピュレータを介して行わなければなりません。チャンバーの中に入れる物はすべて元素組成が明らかになっていて、万一試料に混入しても判別できるようになっています。
試料が0.01〜0.1mmと小さいことが、作業をさらに難しくしています。マニピュレータの先は細い針になっていて、静電気を使って小さな試料をそっと持ち上げます。もちろん肉眼では見えませんから、顕微鏡のモニター画像を見ながらの作業になります。とても繊細で神経を使う作業です。1日に数個取り出すのがやっとで、1個も取り出せないこともあります。これまでに250個以上の試料を取り出しましたが、まだ終わっていません。これからも毎日コツコツと数を積み上げていきます。
Q: 帰還前には、試料が採取できていない可能性もあるといわれていました。
試料捕獲容器を開封して肉眼で見たとき最初に思ったのは、とてもきれいだ、ということ。正直に言うと、何も入っていないのではないか、と一瞬だけ思いました。しかし、光学顕微鏡で観察すると、透明な微粒子らしきものが、かすかに見えたのです。ある! そう確信して、テフロン製のへらをつくり表面をこすると、微粒子が多数付着しました。それを走査型電子顕微鏡で観察・分析した結果、小惑星イトカワのものであると分かったのです。その瞬間、みんなで握手をして喜び合いました。うれしいというよりも、ほっとしましたね。
イトカワの試料を見たのは、人類で私たちが初めてです。まだ誰も見たことのない物や誰も知らなかったことを最初に見つけること。それが一番面白く、わくわくします。科学者は、その瞬間のために研究をやっているのです。
Q: 今までで一番わくわくした瞬間は?
今回のイトカワの試料も捨て難いですが、一番は、南極で採取してきた宇宙塵の中に、「プレソーラーグレイン」と呼ばれる太陽系より前にできた粒子を発見したときかな。プレソーラーグレインは、隕石からは見つかっていましたが、南極宇宙塵からは世界初でした。酸素の同位体比が太陽系の物質とは明らかに異なる値を示したときの興奮は忘れられません。
Q: 子どものころは、何に興味がありましたか。
一つは宇宙。宇宙を舞台にしたアニメを見て、宇宙に行きたいと思っていました。小学校高学年のころ天体望遠鏡を買ってもらい、土星の環を見て感動したことを覚えています。
ほかには、城が好きでした。小学生のころ友達の家で、城のプラモデルを見てからです。あの美しさがミニチュアで手に入るのがうれしくて、お小遣いを城のプラモデルにつぎ込みました。親は、意匠建築の道に進むものと思っていたそうです。今でも、城は好きです。私にとっての一番は松本城。北アルプスを背景に、天守が堀の水面に映っている景色は、とても美しいものです。
Q: 今後はどのようなことをしたいとお考えですか。
イトカワの試料は、2011年12月にNASAへ配布され、1月には国際研究公募が始まりました。私たちのキュレーション技術が、世界に問われることになります。微粒子を扱う繊細な作業は、日本人に向いています。このJAXAキュレーション施設を、惑星物質試料の分析研究の世界的な拠点に発展させたいですね。そして、キュレーション技術をより向上させ、「はやぶさ2」の帰還を待ちたいと思います。回収、初期記載が一段落したら、私自身もイトカワの試料をぜひ分析したいと、アイデアを温めているところです。