宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASコラム > 宇宙・夢・人 > 第73回:物質の輪廻を追い掛けたい

ISASコラム

宇宙・夢・人

物質の輪廻を追い掛けたい

(ISASニュース 2010年10月 No.355掲載)
 
赤外・サブミリ波天文学研究系 教授 松原 英雄
まつはら・ひでお。1961年、 名古屋市生まれ。理学博士。京都大学大学院理学研究科物理学第二専攻で博士号取得後、名古屋大学助手を経て、1998年、宇宙研助教授。2005年より現職。総合研究大学院大学教授、東京工業大学大学院連携教授を併任。専門は赤外線天文学。
Q: 今日は、特別にお持ちくださったものがあるそうですね。
自宅の本棚から本を1冊持ってきました。藤井旭さんの『星の一生』(あかね書房・科学のアルバム)です。小学生のときに親にせがんで買ってもらい、毎日のように見ていました。私のバイブルであり、私の人生の中でとても重要な意味を持っている本です。
 私がこの本で興味を持ったのは、美しい天体写真ではなく、星間ガスから星が生まれ、一生を終えるとガスに戻っていくという、物質の輪廻を説明したイラストでした。そうした星の一生のサイクルが宇宙の歴史の中で何度も繰り返されていると知り、とてもワクワクしました。
Q: 宇宙に興味を持った最初のきっかけは?
両親と見た映画、『2001年宇宙の旅』です。宇宙に人が出ていく時代が来るというのは衝撃的でした。自分が宇宙に行くのは無理だろうと子ども心にも思い、せめて宇宙について研究する仕事ができればいいな、と考え始めました。私は子どものころから一つのことに熱中するところがあり、例えば準星という謎の天体があると聞けば、とことん調べなければ気が済まない。やがて物理学者になりたいと思うようになり、湯川秀樹先生がいた京都大学へ。
Q: 赤外線天文学を専門に選んだ理由は?
京大には天才肌の人がたくさんいました。その人たちと競うのは私には無理だと思い始めたころ、京大の長谷川博一先生たちが書かれた『暗黒星雲を探る』(講談社・ブルーバックス)を読み、赤外線天文学という新しい分野があると知りました。未開拓の分野なら自分にもできるかなと……。
Q: 赤外線を使うと何が見えるのですか。
宇宙にはちりやガスがたくさんあり、可視光線を遮っています。赤外線を使うと、ちりやガスを突き抜けて、その奥を見ることができるのです。また、宇宙は遠くを見るほど過去を見ることになります。タイムマシンみたい。それが天文学の面白いところです。宇宙は膨張しているので、遠くの天体から出た可視光はドップラー効果によって波長が伸び、赤外線として私たちのところに届きます。赤外線を使うと、昔の宇宙を見ることができます。
Q: 2006年に打ち上げられた赤外線天文衛星「あかり」には開発段階から携わりました。
赤外線観測の多くは気球や観測ロケットを使って行われていました。観測時間は10分ほど。1995年には宇宙赤外線望遠鏡IRTSを多目的実験衛星SFUに搭載して観測していますが、観測は40日間だけ。それではできることに限界があり、世界が認める成果を出すことはできません。そこで、「あかり」を開発し、打ち上げました。「あかり」は20年ぶりに全天の赤外線地図を書き換えるという大仕事をしました。また、空の一部を重点的に観測し、約2万個の遠方の赤外線銀河を発見しています。
Q: 「あかり」の次の計画は?
2018年度の打上げを目指し、SPICAプロジェクトを進めています。「あかり」の赤外線望遠鏡は口径68.5cmですが、SPICAは3mクラスになります。SPICAは、ESAなどが参加する国際ミッションで、中心となっているのは日本です。
Q: 日本が中心となった理由は?
日本は世界トップの冷却技術を持っているからです。温度が高い物体ほど強い赤外線を出します。望遠鏡が温かいとそこから出る赤外線がノイズとなり、精密な観測はできません。「あかり」は、液体ヘリウムを搭載し、望遠鏡を絶対温度6K(マイナス267℃)まで冷却していました。しかし2008年には液体ヘリウムがなくなり、その後は機械式冷凍機で冷却していました。SPICAは、液体ヘリウムを持っていきません。私たちが開発した新宇宙用冷却システムを使い、望遠鏡全体を絶対温度6K以下にまで冷却します。液体ヘリウムの量に左右されずに、観測を続けることができます。
Q: SPICAにどのような成果を期待していますか。
私が知りたいのは、宇宙が誕生してから現在までにどのようなことが起きたのか、という宇宙の歴史です。誕生したばかりの宇宙には、水素とヘリウムだけしかありませんでした。そこから星が生まれ、銀河が生まれた。星の中で新しい元素がつくられ、それらを材料に次の世代の星や銀河が生まれ、進化してきました。100億年前の銀河は現在の銀河とどう違うのだろうか。物質はどのように輪廻してきたのだろうか。私たちはどこから来たのだろうか……。小学生のとき『星の一生』を見て思ったことを、今も追い掛けています。