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ISASコラム

宇宙・夢・人

大気球で高度60kmへ

(ISASニュース 2010年1月 No.346掲載)
 
大気球実験室 副室長 松坂幸彦
まつざか・ゆきひこ。1952年、北海道生まれ。1975年、武蔵工業大学(現・東京都市大学)電気工学科卒業。同年、東京大学宇宙航空研究所非常勤技官。1982年、宇宙科学研究所技官。2002年、「科学観測用薄膜型高高度気球に関する研究」で博士号(学術)取得。2008年より現職。一貫して大気球システムの開発に従事してきた。
Q: 気球でどのような観測を行っているのですか。
高度30〜50kmに実験装置を運び、天体や宇宙線、オーロラ、成層圏大気などの観測、最近では高度約40kmからカプセルを自由落下させる無重力実験も行っています。現在、国内で年間10機ほどの気球実験を実施しています。また、米国やオーストラリア、中国、インド、ブラジル、ノルウェーなどで大気球による共同実験を進めてきました。私は2002年、南極観測夏隊に参加し、南極での気球実験にも携わりました。
Q: 気球実験のメリットは?
ロケットや人工衛星と比べて格段に低コストで、準備期間も短くて済み、数多くの実験機会を提供できる点です。そのため、学生や若手研究者が大気球を使って独創的な実験をいち早く行うことができ、気球実験は人材育成においても大きな役割を果たしてきました。また、人工衛星として打ち上げる前に、開発した実験装置を気球でテストすることもあります。例えば2003年、東京大学と東京工業大学の学生たちがそれぞれ独自に作製した超小型衛星「キューブサット」が打ち上げられましたが、その前の通信試験を気球で行いました。宇宙を目指す両大学の学生たちが競い合い切磋琢磨している姿は、まさに若さの特権という感じで、頼もしさを感じました。気球は宇宙への懸け橋です。
Q: どのくらいの時間、観測できるのですか。
現在は数時間、長くて1日程度です。ポリエチレン気球は、夜になると気球内のヘリウムガス温度が下がり、収縮して降下してきます。大気球実験室では、長期間観測ができるスーパープレッシャー気球の開発を進めています。気球内に圧力をかけて収縮を防ぐことで、100日間の観測を目指しています。大気球が超低高度衛星になるのです。そのような大気球をたくさん浮かべて温暖化ガスなどを詳細に観測する日が来ると思います。
Q: 学生のころから気球に興味があったのですか。
いいえ、気球のことはまったく知りませんでした。大学では電気工学を学んだのですが、就職活動に失敗して、指導教官の後輩がいる東京大学宇宙航空研究所を紹介されたのです。そこが大気球実験を担当する部署でした。
 非常勤だったので、就職活動を続けていました。そして5年くらいたったころ、やっといい転職先が見つかったのですが、山上隆正先生から「おまえはどこへ行っても通用しないよ。ここにいるのが一番だよ」と言われました(笑)。私が試作した通信機器を、「おれが責任を持つから、気球実験で試してごらん」と言ってくれる上司でした。結局、転職せず、ずっと山上先生と一緒に大気球システムの開発に携わり、2002年には高度53kmという気球の世界最高高度記録をつくることができました。
Q: どのような方法で世界記録を達成したのですか。
気球の重量が軽く、大きいほど高い高度まで行けます。日本でつくられた最大の気球は長さ約160m、満膨張時の直径は約110mで、東京ドームくらいの大きさです。しかし飛揚場の広さや放球の難しさを考えると、大きさよりも気球の軽量化を追求することが得策だと思いました。  私たちは気球皮膜のポリエチレンフィルムを可能な限り薄くすることで、気球の重量を軽くすることに取り組みました。そして厚さ3.4μmのポリエチレンフィルムで気球をつくり、世界記録を達成しました。家庭で使う食品用ラップの厚さは10μm前後です。その3分の1の薄さにすることで、1972年に米国のチームが巨大気球でつくった高度51.8kmという記録を、小型気球で30年ぶりに塗り替えることができたのです。さらに現在、厚さ2.8μmのポリエチレンフィルムで気球をつくり、高度55kmを目指しています。1〜2年のうちには達成できるはずです。
Q: 将来、どこまで記録を伸ばせそうですか。
ぜひ高度60kmへ行きたいですね。高度約50〜80kmは中間圏です。高度55kmはその入り口ですが、高度60kmになると完全に中間圏に入ります。現在、中間圏にとどまりリアルタイムで観測できる方法はありません。きっと面白い観測ができるはずです。
Q: 転職しなくてよかったですね。
私は子どものころからものづくりが大好きでした。気球はずっと夢中になれるものづくりのテーマで、たくさんの感動を味わうことができました。