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ISASコラム

宇宙・夢・人

信頼に応えたい

(ISASニュース 2009年6月 No.339掲載)
 
科学推進部 研究推進室 主査 前佛英樹
ぜんぶつ・ひでき。1973年、東京都生まれ。1993年、宇宙科学研究所管理部契約課。予算・契約業務に携わり、2008年9月より現職。
Q: 予算や契約業務の魅力は何ですか。
宇宙研のことを幅広く知ることができるところです。契約や予算の仕事をするには、研究の中身についても知っておく必要があります。ぜひこのプロジェクトを実現させたい、と熱心に説明してくれる研究者の話を聞いていると、良い資料をつくって予算を獲得できるように頑張ろうという気持ちになります。
Q: 最も印象に残っているプロジェクトは?
2005年に打ち上げられたX線天文衛星「すざく」です。2000年にM-Xロケットの打上げに失敗して、搭載していたX線天文衛星ASTRO-Eも失われました。その後、文部科学省や国会、報道機関などから、ロケットや衛星の経費に関するさまざまな質問が寄せられました。あれはつらかったですね。かなり昔のロケットについて経費の根拠に関する質問をされて、倉庫にこもって半日かかって古い資料を見つけ出したこともありました。
Q: ASTRO-Eの2号機が「すざく」ですね。
そうです。打上げが失敗した後、すぐにASTRO-Eを再製作して打ち上げようと、宇宙研が一丸となりました。質問の嵐が一段落した後、その予算作成の仕事が待っていました。明け方までかかって資料をつくり、そのまま文部科学省へ行って打ち合わせをして、また新しい資料を求められて夜中に宇宙研に帰ってきてその資料をつくるなど、徹夜が続いた時期もありました。公務員ならば仕事も定時に帰れると思い公務員試験を受けて宇宙研に入ったのですが、まったく違いましたね(笑)。でも、「すざく」の予算が認められ、2005年の打上げを見たときには鳥肌が立ちました。みんなで苦労したことが実ったあのときの感動は、今でも忘れられません。
 苦労といえば、2003年に宇宙科学研究所が宇宙開発事業団(NASDA)や航空宇宙技術研究所(NAL)という文化の違う機関と統合してJAXAになったときも印象深いですね。
Q: どのような違いがあったのですか。
NASDAやNALでは、研究者と事務の仕事の線引きが明確でした。宇宙研では、善しあしは別として、仕事の線引きを状況に応じて変えることもあり、事務の方で研究者のフォローをすることもありました。
 以前は宇宙研は国の組織でしたので、法律に従って契約処理を行いました。それがJAXAという独立行政法人になり、いろいろな規定を実情に合わせて自分たちで定めることができるようになりました。JAXAの契約制度に関して、自分の提案したものが通ったときには、やりがいを感じました。ただし契約に関する事務作業について、研究者と事務の仕事の線引きを調整して、新しい制度を浸透させることには苦労しました。今でも「昔は事務と互いに何でも相談し合える関係だったのに、最近は距離を感じる」という声を聞くと、胸にぐさりときます。仕事の線引きも大事ですが、やはり研究者が研究に集中できるように、事務の側が柔軟に対応して、できる範囲のことはやりたいと思います。そして、ただ書類を受け取って処理するだけではなく、研究者がどのような思いでプロジェクトを進めているのか、理解した上で仕事をしたいですね。
Q: 宇宙研の文化も少し変わってきたのでしょうか。
確かに私が宇宙研に入ったころは、夜になると事務室に研究者も集まり、いろいろな話をしていました。スポーツなどのレクリエーションも盛んでしたね。最近はそういうことがほとんどないことも、研究と事務の距離が開いてしまった原因かもしれません。ただし、今でもサッカー部は活動を続けています。昼休みに、研究者や学生、技術や事務などいろいろな人が構内のグラウンドに集まってきて、私も楽しんでいます。そういうところで気心が知れていると、仕事でも相談しやすいですよね。
Q: 現在の研究推進室では、どのような仕事をしているのですか。
会計処理全般の相談窓口のような業務です。私の前任者は、彼に聞けば何とかなる、という人でした。私も宇宙研でずっと契約や予算の仕事をしてきたので、研究者がいろいろな相談をしてくれます。信頼に応え、研究と事務の距離を埋めて、良い協力関係、文化を築いていきたいですね。