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ISASコラム

宇宙・夢・人

“宇宙研の職人”を育てたい

(ISASニュース 2009年1月 No.334掲載)
 
宇宙科学技術センター ミッション機器開発グループ グループ長 徳永好志
とくなが・よしゆき。1949年、兵庫県生まれ。工学院大学電子工学科卒業。1970年、東京大学宇宙航空研究所小口研究室非常勤技官。1975年、同大島研究室技官。宇宙科学研究本部技術開発部基礎開発グループ副グループ長、グループ長を経て、2008年から現職。各種衛星の熱真空試験に携わってきた。
Q: 人工衛星の熱真空試験を担当されているとのことですが、どのような試験ですか。
宇宙環境をチャンバーという大きな容器の中につくり出し、人工衛星をその中に入れ、本体や搭載機器の温度が想定された範囲内に収まっているかどうかを調べる試験です。宇宙の環境は高真空・極低温で、衛星の太陽に面している側は加熱され、反対側は冷やされます。そのような環境をつくるため、チャンバー内を高真空にし、液体窒素を使って−190℃に冷却します。太陽による加熱は普通、太陽と同じ明るさの平行光線を当てることで模擬しますが、その装置はとても大掛かりで電気代もかさみます。宇宙研では、人工衛星の表面にヒーターパネルをはり、それを加熱する方式を採っています。宇宙研の熱真空試験装置は、最先端ではありませんが、小回りが利く優れものなんです。
 熱真空試験に合格しなければ、人工衛星・探査機は打ち上げることができません。宇宙研が打ち上げた衛星・探査機すべてに私の指紋が付いている。それは私の誇りです。
Q: 現在使用している熱真空試験装置の設計・建設も担当されたそうですね。
宇宙科学研究本部の前々身に当たる東京大学宇宙航空研究所では、直径2.4mの熱真空試験装置を駒場キャンパスに持っていました。しかし、当時計画していたハレー彗星探査機は直径2.5mと大きくて入らないため、新たに直径4mの装置を駒場に建設しようとしていました。ところが同じころ、宇宙科学研究所への改組と相模原キャンパスへの移転が決まり、熱真空試験装置とその建屋が一番乗りで相模原に建設されることになったのです。木を伐採し、道をつくるところから始めたんですよ。1985年に完成。ハレー彗星探査機の熱真空試験が終了して合格となったとき、宇宙研の大事なプロジェクトの一端を担ったんだという実感がわいてくるとともに、心からほっとしました。
Q: なぜこの仕事に?
歯科医になろうと東京の大学をいくつか受験したものの、受かったのは滑り止めの工学院大学電子工学科だけでした。アルバイトを探しているとき、東大宇宙航空研究所の非常勤技官の募集を目にしたのが、この仕事にかかわることになったきっかけです。入ってみると、研究室の先生や学生の実験の手伝いが主な仕事で、それがとても面白かった。それは今でも同じです。
 大学卒業後、技官職員として採用されました。熱真空試験に携わるようになったのは、たまたま配属先の研究室が担当していたからです。私は、「こうなりたい」と目標を持って歩んできたのではありません。私の人生は、偶然の出会いによってどんどん変わっているのです。
Q: 一番の難産だった人工衛星・探査機は?
ASTRO-Eです。装置に入るぎりぎりのサイズで、無理やり入れて試験しました。しかし、打上げ失敗。とても悔しかった。打上げのとき、私はクリスマス島の受信局にいました。予定時刻になってもASTRO-Eからの電波が来ない。アンテナを動かして探し、ASTRO-Eが北の地平線ぎりぎりにパッと現れ、落ちていく様子をとらえました。そのデータは打上げ失敗の原因解明に役立ちました。
Q: 受信の仕事をすることもあるのですか。
熱真空試験がないときには、内之浦宇宙空間観測所や能代多目的実験場、あきる野実験施設などで行う実験にも参加します。能代では、スタンド班やガス供給班として、旋盤やボール盤を使った試験設備の製作、試験装置を設置するためのクレーンやフォークリフトの運転、高圧ガス設備の管理など、いろいろな仕事をしています。宇宙研の職員は一人ひとりが専門を持った職人でありながら、広く深い知識を持っています。だから縦系列はもちろん、横にも動くことができる。それが、数々のプロジェクトを成功に導いたのです。
Q: 特に注目しているプロジェクトはありますか。
再使用ロケット実験機(RVT)は特に面白いですね。自分たちでロケットをつくる、しかも配管を曲げるところからやるなんて、宇宙研でしかできません。でも、冬の能代での実験は、私にとって一番つらい仕事です。日本海から冷たい吹雪が吹き付け、耳や手が凍りそうです。もう格好なんて気にしていられないと、目出し帽をかぶった怪しい姿で作業をしています。
Q: 最後に、夢を聞かせてください。
後継者を立派に育てることです。JAXAでは現在、若手職員は数年で配置替えになるため、後継者をじっくり育てることができません。現場の仕事はアウトソーシングするという方針ですが、それをしていたらJAXAに技術は残りません。今すぐにでも手を打たないと手遅れになってしまうと危惧しています。