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ISASコラム

宇宙・夢・人

宇宙で起きていることを感じたい

(ISASニュース 2008年9月 No.330掲載)
 
宇宙プラズマ研究系 准教授 松岡彩子
まつおか・あやこ。
1965年、静岡県生まれ。理学博士。1994年、東京大学大学院理学系研究科地球惑星物理学専攻博士課程単位満了。同年、宇宙科学研究所助手。2005年より現職。水星探査計画BepiColombo/MMO磁力計の副主任研究員(Co-PI)、実験責任者を務めている。
Q: なぜ宇宙のプラズマを研究テーマに選んだのですか。
学生のときに読んだ教科書(ダークマターの量が見積もられる前)に、宇宙の物質の99%はプラズマだと書かれていたのです。そして人工衛星を使えば、宇宙の大部分を構成しているプラズマを直接観測できることも知りました。子どものころから宇宙が好きで、宇宙はどうやってできているか知りたかったので、「それって面白い」と思ったのです。
Q: そもそもプラズマとは何ですか。
原子や分子から電子がはぎ取られ、電子と正イオンが飛び交っている状態がプラズマです。例えば、太陽の表面からは水素イオン(陽子)と電子が噴き出しています。そのプラズマは「太陽風」と呼ばれ、地球にも吹いてきています。ただし地球には強い磁場があるので、それがバリアとなって地球半径の10倍のところで太陽風は止められ、地球の大気に直接当たることを防いでいます。一方、火星にはほとんど磁場がないので、太陽風が直接当たってしまうため、大気が宇宙空間に逃げ出していると考えられています。火星探査機「のぞみ」は、太陽風と火星大気の関係を調べることが主な目的でした。
 今年、アメリカの火星探査機フェニックスが火星の地表で水を発見したとNASAが発表しましたが、かつての火星には海があったという説があります。火星には地球と同じような強い磁場があり、それが太陽風を防ぐバリアとなり、大気や海が守られていたのかもしれません。現在の火星の地表に残されたわずかな磁場を詳細に観測すれば、かつての火星の磁場を推定できます。磁場やプラズマの観測は、惑星の環境の歴史を探る研究の足掛かりとなります。残念ながら「のぞみ」は火星周回軌道へ投入できませんでしたが、私たちは今、新しい火星探査計画を検討しています。
Q: 水星探査計画BepiColomboも、磁場やプラズマの観測が主目的の一つだそうですね。
磁場を生み出すには、惑星内部に溶けた鉄が必要です。水星は小さいので、内部はすべて冷えて固まっていて、磁場はないと考えられていました。ところが1974年から1975年にかけて、アメリカの探査機マリナー10号が水星の磁場を発見して、みんなびっくりしたのです。BepiColomboにより水星の周りのプラズマや磁場を詳細に観測することで、水星内部や表面の様子を詳しく調べることができます。
Q: 今後、研究をどのように進展させていくつもりですか。
いま私たちが人工衛星を使って調べることができるのは太陽系の中に限られていますが、太陽系の中で起こっているいろいろな現象が宇宙ではありふれたものなのか、それとも奇跡のような幸運が重なり地球のような環境も生まれたのか、そのような謎の解明につながる研究をしていきたいと考えています。
Q: 宇宙学校などの広報活動にも積極的に参加されていますね。最近の子どもたちの印象は?
情報が過多になっている中で、身近な自然の不思議に感動する経験が十分にあるのか、少し心配ですね。私は理科の実験が大好きでした。例えば、塩酸と水酸化ナトリウム水溶液を混ぜる実験で、できたものをなめてみると、しょっぱかった。どちらも危険な物質なのに、ちょうど中性になるように混ぜると無害な食塩水になってしまう。もちろんそれは教科書に書いてあることです。しかし、実際に自分で実験してみて感動しました。自分の体で自然法則を理解した気分になれたのです。そういう感動体験がないと、宇宙で起きている現象に対する感動も小さいと思います。本を読んで自然や宇宙のことを分かった気分になるだけでは、面白くありません。
Q: 感動体験は、研究者にとっても大切ですか。
もちろんです。自分でつくった観測装置が宇宙へ行き、きちんと観測してくれるだけでうれしいんです。とても感激します。
 大学院のとき、先生から「これまでの研究結果を頭から信じるな。そうしないと新しい研究はできない」と言われました。その意味が今になってよく分かります。教科書や論文を読んで宇宙を理解するだけでなく、自分で観測して、宇宙で起きていることを体で感じて理解すること。それが新しい研究を進展させるためには大切です。