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ISASコラム

宇宙・夢・人

ブラックホールの写真を撮りたい!

(ISASニュース 2007年12月 No.321掲載)
 
宇宙科学共通基礎研究系 教授 坪井昌人
つぼい・まさと。
1957年、東京都生まれ。1988年、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了。理学博士。国立天文台助手、茨城大学助教授、国立天文台教授、国立天文台野辺山宇宙電波観測所所長などを経て、2007年より現職。次世代電波天文衛星ASTRO-Gプロジェクトに携わる。
Q: 地上の電波望遠鏡で、銀河系やほかの銀河の中心の観測を続けてこられたそうですね。そこには何があるのですか。
例えば、銀河系の中心には太陽の400万倍もの質量をもつ見えない天体があり、それはブラックホールだろうと考えられています。野辺山の電波望遠鏡を使うと、その周辺からの電波をとらえることができます。そのような観測データから、そこでどんな現象が起きているのかを推定することができます。しかし、実際に写真を撮って現象を見ているわけではないんです。地上の望遠鏡はどれも分解能が低く、細かいところの写真は撮れないのです。
こんな話があります。友達が山道をハイキングしていたら、水がザーザーと流れる音が聞こえた。水煙も上がっていた。これは滝があるに違いない。どんなすてきな滝があるのだろうと見に行くと、ダムがあり、がっかりしたそうです。これまでのブラックホールの研究も、この話に似ています。こういう電波が観測されているから、ブラックホールのまわりはこうなっているはずだと。そういう研究に飽きてしまいました(笑)。百聞は一見にしかず。実際に写真を撮って確かめてみないと、何が起きているのか分かりません。
Q: 写真を撮る方法はあるのですか。
それがスペースVLBI、電波天文衛星「はるか」が実証した方法です。電波天文衛星と地上の電波望遠鏡を組み合わせることで、高い分解能を実現するのです。私たちは2012年に、「はるか」の技術を発展させたASTRO-Gを打ち上げる予定です。ASTRO-Gと地上の望遠鏡を組み合わせることで、1億分の1度の角度を見分ける分解能を実現できます。それはハッブル宇宙望遠鏡の2000倍の視力に相当します。人類がもつ最も視力の優れた眼となるのです。
Q: どんな写真が撮れそうですか。
ブラックホールには、ガスやちりが円盤状になって落ち込む降着円盤という構造があると考えられています。残念ながら銀河系の中心は観測しにくいのですが、ほかの銀河の中心で降着円盤の写真が撮れるかもしれません。今まで理論や観測で推定されてきたものが本当にあるかどうか、写真を撮って確かめることができる。それはとても魅力的なことです。例えば、実はブラックホールのまわりに降着円盤など存在しないんだとか、意外な事実がきっと見つかるはずです。地上の電波望遠鏡で観測を続けてきた私にとって、衛星プロジェクトに携わることは大きな冒険。しかしASTRO-Gにはチャレンジする価値があると考え、宇宙研に来ました。
Q: 子どものころから科学に興味があったのですか。
ラジオ少年でした。中学生のころ、秋葉原の電気街に通って真空管などの部品を見つけてはラジオやトランシーバーを組み立てました。アマチュア無線もやりましたね。親が望遠鏡を買ってくれて、天体観測も楽しみました。だから子どものころから電波と天文が好きだったんです。
Q: ただし、大学の学部は最初、化学科に進まれたそうですね。
化学も好きだったんですよ。私の通った高校では、今では考えられないことですが、放課後に実験室を生徒に開放してくれました。薬品を混ぜて色が変わったり、爆発して天井に染みをつくったり(笑)。これは面白いぞと思いました。
大学で学科を選ぶとき、化学科か天文学科か悩んだ末に化学科を選びました。化学の実験は得意だったのですが、化学を一生の仕事にするかどうかで迷いました。化学科の仲間には新しい材料の開発など工学志向の人が多かったのですが、私は自然の原理を追求する研究が面白いと思い、天文学科へ移りました。
Q: ASTRO-Gの次の夢は?
2機の電波天文衛星を打ち上げて組み合わせることです。ASTRO-Gは地上の望遠鏡と組み合わせる、いわばハーフ・スペースVLBI。地上の望遠鏡が大気の影響を受ける分、性能が下がります。複数の電波天文衛星を組み合わせるのが、本当の意味でのスペースVLBIでしょう。ASTRO-Gが成功すれば、その後10年以内に十分実現可能です。アインシュタイン理論の間違いなど、現在の物理理論のほころびを示す現象の写真を撮れるかもしれません。そうなれば本当に面白いですね。