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ISASコラム

宇宙・夢・人

宇宙研の中の生物学者

(ISASニュース 2006年06月 No.303掲載)
 
宇宙環境利用科学研究系 助教授 黒谷 明美
くろたに・あけみ。
1958年、東京都生まれ。理学修士。工学博士。
大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻生物工学分野終了。放送大学を経て、1988年、宇宙科学研究所宇宙基地利用研究センター助手。1996年、助教授。専門は宇宙生物学、細胞生物学、発生生物学。1990年、旧ソ連の宇宙ステーション「ミール」でのニホンアマガエルの行動学実験に参加。これは、日本における初めての本格的な宇宙生物実験。1994年にはアメリカのスペースシャトル、1995年には日本の衛星SFUでのアカイモリの産卵と初期発生の実験に参加。
Q: 置物に、カレンダー……、研究室はカエルだらけですね。
1990年に宇宙ステーション「ミール」でのカエルの実験に参加して以来、増えたかな。でも、カエルは子供のころから好きでした。カエルは跳ぶし、木にも登るし、泳ぐし、いろいろな動きのパターンがあって、見ていると面白いから。
Q: 専門は「宇宙生物学」ですね。
もともとは、宇宙とは関係がない「生物学」です。私はカエルに限らず生き物がとても好きで、とにかく生き物について知りたいのです。地球の生き物は、重力がある環境の中でくらしています。生き物を地球の環境とは違うところ、例えば宇宙に持っていけば、生き物が地球の環境によってどのような影響を受けているのかが分かるのではないか、そういう観点で研究をしています。宇宙は手段であって、目的はあくまでも地球の生き物を知ることです。

宇宙研で生物の研究をしているというのは、皆さんにとって意外なことらしいですね。宇宙研の見学に来た中高生は、ロケットや衛星、天文の話を聞いた後、最後にこの研究室に案内されることが多いのですが、カエルの置物やウニの水槽を見て驚きます。宇宙の話を聞きに来たのに、思いがけず生物の話を聞いた。そのギャップが印象に残るようです。宇宙研にいて「宇宙は面白い」というのは当たり前。宇宙研にいて「生き物は面白い」という人がいてもいいでしょう。
Q: 宇宙研の生物学者の仕事は?
自分でも研究をしますが、以前は実験のコーディネートも重要な仕事でした。面白そうな研究をしている人を見つけて宇宙実験を勧めたりしました。生物屋さんと工学屋さんをつなぐのも、私たちの仕事。ロケットや衛星の専門家は、打上げのときにどのくらい振動するかは詳しく知っていますが、その振動で生き物がどうなるかまでは知りません。そこで、私たちの出番です。
Q: ご自身ではどういう実験をしているのですか。
ウニを使って、卵から体の形ができてくる過程に重力がどう影響しているかを調べています。宇宙での実験は簡単にはできませんから、遠心機で重力を大きくしたり、いろいろな方向に回すことで疑似無重力状態を作り出したりして、実験をしています。以前、イモリの産卵と初期発生の宇宙実験に参加しましたが、その延長に当たる研究です。両生類の実験では、無重力状態の卵は発生の途中で一時期異常になりますが、生まれてくるオタマジャクシは正常です。生き物ってたくましい。少しくらいの異常は修復してしまう。でもそれは、卵という特殊な環境だからかもしれません。ウニを使えば、卵の外に取り出した細胞が骨片をつくる過程を観察できます。この過程に重力がどのように関係しているのか調べているところです。まだ、すっきりした結果は出ていません。生き物ってすごく複雑で、一筋縄では理解できない。それが面白いのですが。
Q: そもそも生き物が好きになったきっかけは?
母が生き物好きだったことかな。アリの行列を見つけると、面白いから来てごらんと私を呼んでくれて、一緒にながめていました。子供が生き物に興味を持つかどうかは、親の影響が大きいですね。虫などを見て嫌がったり汚がったりしていたら、子供は生き物を好きにならない。せっかくのきっかけを奪っているようで、もったいないなあ。
Q: 黒谷先生が描いたイラストを使ったポスターは「宇宙学校」の定番になっています。
子供のころから絵を描くのは好きでしたが、人に見せるようになるとは思ってもいませんでしたね。一枚の絵の中にストーリーを作りたいので、毎回、苦労しています。

最近は、中学や高校で授業の支援をしたり、一般向けの講演をしたり、教育・普及の仕事も増えています。宇宙教育センター長の的川泰宣先生はよく「子供の心に火をつけるのが大事」と言いますが、難しいです。科学は芸術と同じだと思うんです。人を楽しませ、豊かにする。もちろん、研究が進んで社会の役に立つことが出てくるかもしれないけれども、すべての科学が最初からそれを目指しているわけではありません。「何の役に立つのですか」と質問する子供がいますが、その前に純粋に楽しんでほしい。子供たちに、すごいとか、きれいとか、感動してもらうためにはどうしたらいいか、私たちがもっと勉強していかなければなりません。