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ISASコラム

宇宙・夢・人

小さな信号も見逃さず準備を!

(ISASニュース 2013年9月 No.390掲載)
 
宇宙飛翔工学研究系 教授 石井 信明
いしい・のぶあき。1959年、東京生まれ。工学博士。東京大学大学院工学系研究科宇宙工学専攻博士課程修了。1989年、宇宙科学研究所助手。同助教授などを経て、2006年より現職。
Q: 金星探査機「あかつき」の軌道計画を担当されています。
「あかつき」は2010年5月に打ち上げられ、その年の12月に金星の周回軌道に入る予定でしたが、軌道投入に失敗してしまいました。現在は2015年に再び軌道投入に挑戦できる軌道を飛行中です。私たちは今、「あかつき」からのどんな小さな信号でも見逃さないように毎日、見守っています。あのときの黄信号に気が付いていれば対策を取れたのに……となったら、とても後悔するでしょう。そのようなことがないように、細心の注意を払う。今の私たちにできるのは、それだけです。
Q: 軌道投入に失敗したとき、どのように感じましたか。
このようなトラブルは宇宙研の探査機で今までもありましたし、「あかつき」で想定していなかったかというと、そんなことはありません。私たちは失敗を嘆いているのではなく、原因を明らかにし、どうすれば金星の周回軌道投入に再び挑戦することができるかを、すぐに考え始めました。私が担当している軌道計画は、一刻を争います。もっといい軌道があるのではないかと計算に時間をかけていて、「一番いい軌道修正のタイミングは1年前でした」では取り返しがつきません。1日でも1時間でも早く、いい軌道を見つけて決断し、軌道変更を行う必要があります。それが難しいところですね。「あかつき」は、2011年11月に3回に分けて軌道修正を実施しました。
「あかつき」は、打上げから軌道投入まで約200日の予定が、約2000日に延びてしまいました。惑星探査ミッションでは何かトラブルが起きると、すぐに3年、5年と延びてしまいます。それほど宇宙は広いのです。その点では、焦っても仕方がありません。
Q: 「あかつき」以外ではどのような仕事をされているのですか。
観測ロケットの打上げを年に2回くらい行っています。観測ロケットは、搭載した観測機器によって、短時間ですが、地上から宇宙空間まで縦方向に観測することができます。小型のため、提案から1〜2年で実現できるので、最新の技術を使ってホットなテーマの実験を行うことができるという利点もあります。
観測ロケットの打上げは、実は自主的に集まってきた人たちで支えられています。私も含めてみんな、その中で得られるものがあり、また自分の知識や経験を若い人に伝えることができることから、与えられた業務としてではなく自主的に参加しているのです。
Q: この道に進んだきっかけは?
小学生高学年になると新聞をパラパラ見るようになったものの、どの記事もよく分からず、面白くありませんでした。ただ、アポロの月面着陸や、日本初の人工衛星「おおすみ」の打上げの記事は、楽しく読んだことを覚えています。機械に触ることも好きでした。触るというか、壊すのが好きでした。ネジがあると、その中はどうなっているのだろうと、外してみたくなるのです。そして元通りに戻せなくなる。その点は、今もあまり変わっていないかな。
Q: JAXAや宇宙研で、現在どのような問題があると感じていますか。
進行中の科学衛星・探査機のプロジェクトが少ないですね。昔は、1年目、2年目、3年目といろいろな段階のプロジェクトが3〜4個同時に進んでいました。年の違う子どもがたくさんいる感じです。年長の子で学んだことを、次の子に引き継ぐことができたので、同じ失敗を繰り返さずに済みました。しかし、今はプリプロジェクトという赤ちゃんばかりで、前の子の経験をうまく活かすことができません。プロジェクトの提案や決定、進め方を、見直すべきでしょう。早急に対応しなければ、宇宙研生まれの科学衛星・探査機が途切れてしまう危険もあります。
もう一つ、地上の産業の方が進んでいて、その技術を宇宙分野が取り入れているという流れを変えたいですね。宇宙分野では火薬や液体水素など危険なものを安全に扱う技術を培ってきました。今後地上でも、水素自動車などの実現のために液体水素の取り扱いが必要になってくることでしょう。そこで宇宙分野で培った技術を活かすことができると考えています。その点でも観測ロケットは重要です。観測ロケットの実験には大学生や大学院生、若い研究者がたくさん参加します。彼らは全員が宇宙分野に進むわけではありません。むしろ、さまざまな業界に進むことで、宇宙の技術が広がるきっかけになると期待しています。
Q: モットーはありますか。
どんな小さな信号も見逃さず、事前に心配しておくこと。心配し、対策を取っておいたことは起こらないものです。約800日後に迫った「あかつき」の軌道再投入についても、起きる可能性があることはすべて考え、万全の準備を整えて臨みます。