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ISASコラム

宇宙・夢・人

失敗に学び,乗り越え,次の惑星探査を

(ISASニュース 2013年2月 No.383掲載)
 
太陽系科学研究系 教授 中村 正人
なかむら・まさと。1959年、神奈川県生まれ。理学博士。東京大学大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程修了。ドイツ・マックスプランク研究所研究員、宇宙科学研究所助手、東京大学助教授を経て、2002年より現職。
Q: 金星探査機「あかつき」のプロジェクトマネージャー(プロマネ)を務めています。「あかつき」の現状は?
「あかつき」は、2010年5月に打ち上げられましたが、12月に金星周回軌道への投入に失敗しました。2011年10月に姿勢制御用の小エンジンによって軌道変更を行い、現在は2015年末に金星周回軌道への投入に再挑戦できる軌道を飛行中です。
「あかつき」は太陽に0.7天文単位(au:1auは太陽─地球間の距離で約1億5000km)まで近づくことを想定して設計されています。しかし、現在の軌道は200日に一度、太陽に0.6 auまで接近してしまいます。衛星の許容温度を超えてしまうと機器が故障してしまうため、姿勢制御を行って危険な部位の温度上昇を抑える必要があります。これまでに4回を終えました。あと5回、その危機を乗り切らなければなりません。
Q: プロマネとして気が休まらない日が続きますね。
プロマネとしてやれることは、ほとんどありません。衛星の運用はプロジェクト・エンジニアである石井信明さん、科学についてはプロジェクト・サイエンティストの今村剛さんが中心に行っており、私は彼らに全幅の信頼を置いて任せていますから。「あかつき」ミッションの場合プロマネ最大の仕事は、プロジェクトが始まるときに、何を目指しどういう衛星をつくるかを決めるところです。
Q: 「あかつき」が目指すこととは?
地球と金星は大きさなどがとても似ていますが、気象学的にはまったく違う姿をしています。金星は、高温の二酸化炭素の大気に包まれ、硫酸の雲が浮かび、上空では時速400kmの暴風が吹いています。「あかつき」は、地球と金星が異なった姿をしている理由を探ります。
Q: 村教授はプラズマ物理学が専門で、地球磁気圏の研究をされていました。金星にも興味があったのですか。
大学生のとき、学生の控え室に金星の地図が貼ってありました。アメリカの学会に行く先生に、私が頼んで買ってきてもらったものです。厚い雲に覆われた金星にミステリアスな魅力を感じていたのでしょう。でも、自分が金星探査の仕事をするようになるとは思ってもいませんでした。
大学院時代は、元宇宙研所長の鶴田浩一郎先生の研究室で、観測ロケットを使って宇宙空間の電場を測る研究をしていました。電場の計測は難しく、なかなか成果が出ませんでした。"こんなまどろっこしいことはやめて、地球から離れたところから磁気圏の写真を撮りましょうよ"と鶴田先生に言い、あきれられてしまいました。しかし数年後、実は磁気圏のプラズマを撮像できることが分かったのです。火星探査機「のぞみ」に極端紫外線の撮像装置を搭載し、世界で初めて地球磁気圏のプラズマの撮像に成功しました。
Q: 「あかつき」に関わるようになったのは?
鶴田先生に「金星探査機に載せる赤外線カメラの開発をしないか」と声を掛けられたのですが、気が付いたらプロマネに。だまされましたね。「あかつき」には可視光から近赤外線まで5台のカメラを搭載しています。カメラは設計から関わりました。カメラが趣味なので、とても楽しかったです。
Q: ピアノも趣味だそうですね。
はい。今でも半年に一度、発表会に出ています。「あかつき」が無事、金星の周回軌道投入に成功したら、ピアノの先生にでもなろうかな。
Q: 軌道投入再挑戦を応援する声が世界中から寄せられています。
2010年の軌道投入失敗のとき、ありがたいことに、社会から大きな批判を受けることはありませんでした。私たちがベストを尽くしていることを理解していただけたのだと思います。だから、私たちは今こうして再挑戦を目指して頑張ることができます。軌道投入のときには、「あかつき」は満身創痍でしょう。それでも私たちは、最大の結果を得られるように最大の努力をします。
日本の惑星探査は、失敗から学ぶという姿勢でやってきました。小惑星探査機「はやぶさ」は「のぞみ」の失敗箇所をすべて直し、「あかつき」では「はやぶさ」の失敗箇所をすべて直しました。しかし、「はやぶさ」にはなかったメインエンジンでトラブルが起きて軌道投入に失敗してしまいました。この失敗は、必ず次の惑星探査に活かされるでしょう。